傷だらけの防衛だった。
囲碁の第50期碁聖戦五番勝負(新聞囲碁連盟主催)は、フルセットの激闘の末に井山裕太碁聖が芝野虎丸十段の挑戦を退け、今年3回目の番勝負にして初めてシリーズを制した。
井山にとって通算82回目の番勝負は、忘れがたいシリーズの一つとなったに違いない。24年目の棋士人生でまれに見るスランプのなか、芝野に土俵際まで追い詰められながら、土壇場で踏ん張った。
20日の碁聖戦最終第5局を迎えるまで、今年の戦績は19勝20敗の負け越し。スコアだけ見ても、こんな井山は記憶にない。
負け方も悪かった。年初の棋聖戦七番勝負は、一力遼棋聖を3勝1敗のカド番に追い込みながら、第5局から3連敗の逆転負け。続く十段防衛戦は芝野に0―3のストレート負けで失冠。
トンネルの出口は見えず、名人リーグは2位に星二つ差の独走態勢を築きながら、土壇場の連敗で芝野に並ばれ、プレーオフも落とし挑戦を逃した。
精神的にもっとも苦しい時期に迎えたのが碁聖防衛戦だった。挑戦状を突きつけたのは、またしても芝野。7月18日の第3局は逆転負けで1勝2敗のカド番に。その3日後、勝てば挑戦の名人リーグ最終局を落とし、さらに3日後のプレーオフ敗退だ。
立て直す時間もないまま、プレーオフから8日後の碁聖戦第4局を取ってカド番をしのぎ、今月20日の最終第5局に臨んだ。
碁聖通算11期目となる5連覇がかかっていた。相性のいい棋戦だ。直近の3期は一力、芝野を相手にすべて3―0のストレートで防衛してきた。今期は違った。第5局もとことん苦しめられた。
序盤から優勢を築きながら、芝野は決め手を与えない。控室で見守る立会人の山下敬吾九段は「そろそろか」と、終局に立ち会うべく何度も背広に袖を通しては脱ぎ、盤上の検討に戻った。
AIの評価値は、手が進むごとに差が縮まっていく。そして大石をしのげば井山勝ちという局面で、数値は逆転した。
今年の井山は勝勢を築きながら終盤の乱れで逆転負けを喫することが多い。対して芝野は異常値と思えるほど逆転勝利を数多くものにしてきた。
しかし、勝利の女神は見放さなかった。
図 芝野の黒1が敗着という…