80年前の1945年4月30日、ナチスドイツを率いたアドルフ・ヒトラーがベルリンで自殺しました。防衛研究所戦史研究センターの進藤裕之戦史研究室主任研究官は「欧州での大戦はヒトラー抜きには語れない。一人の人間が歴史を変えた例と言える」と語ります。そのうえで、「ヒトラーが引き起こした戦争や虐殺の歴史は、現代に独裁者が生まれることを防ぐ教訓を与えてくれる」と指摘します。
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――ドイツはいつごろから敗戦を意識していたのでしょうか。
44年6月の連合軍による仏ノルマンディー上陸により、ドイツは東部戦線でソ連軍と、西部戦線で連合軍と、二正面作戦を強いられます。このころ、敗戦を確信したドイツ軍人もいました。それが44年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件に結びつきます。
さらに、45年初めにソ連軍が最後までドイツが支配していた石炭生産地のシレジア地方を占領したことで、シュペーア軍需相がヒトラーに宛て、工業地帯を破壊されたうえに燃料の確保もおぼつかなくなったため、ドイツは戦争に敗北するという趣旨の報告書を上げました。
――敗色濃厚ななか、ヒトラーはどうして権力を握り続けられたのですか。
ヒトラーは元々、反対派を監視・弾圧する体制を敷いてきましたが、暗殺未遂事件を契機に支配を強化し、自身に対する軍の忠誠を徹底しました。
暗殺未遂事件に関係した関係者約7千人を逮捕し、5千人弱を処刑しました。国民的英雄だった陸軍元帥のロンメルも、事件に関与したとして自殺を強要されました。
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■最後まで反省の言葉を語らな…