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遠藤章さん

 血液中のコレステロール値を下げられる薬の登場は、まさに画期的だった。世界で死因トップの心血管疾患を防ぐ道を開き、数多くの人の命を救った。この薬の成分の「スタチン」を発見した東京農工大学特別栄誉教授、遠藤章さんが5日亡くなった。90歳だった。

 英BBCは、遠藤さんの業績が、感染症治療を一変させた「ペニシリン」の発見に例えられてきたと紹介した。この記事で、英国心臓財団のブライアン・ウィリアムズ教授は「ここ数年の医学界で、これほど劇的な影響を与えた治療はほとんどない」と語り、こう惜しんだ。

 「驚くべきことに、コレステロールの問題に対処する方法の研究を始め、何百万という人々に恩恵を与え、命を救う治療法を提供した人物が、ノーベル賞を受賞しなかった。残念なことだと思う」

 さかのぼること半世紀前、製薬会社の三共(現・第一三共)の研究員だった遠藤さんは、コレステロール値を下げる薬の候補を探していた。

 コレステロールはヒトの生命維持に必須の脂質だ。細胞の膜を構成する成分の一つで、ホルモンや、脂肪の消化吸収を助ける胆汁酸の材料にもなる。全体の2~3割は食事で体外から取り込まれるが、大半は肝臓などで合成される。

過剰なコレステロールで動脈硬化

 血液中のコレステロールが過剰になると、血管の壁に沈着し、動脈硬化を起こして血管が詰まりやすくなる。そうなれば、心筋梗塞(こうそく)などの心血管疾患のリスクが高まる。心筋梗塞は、心臓に栄養や酸素が届ける血管が詰まって、心臓の筋肉が壊死(えし)する病気だ。

 遠藤さんがコレステロールに目をつけたのは、1966年から2年間、米国に留学した影響が大きい。米国ではすでに、心筋梗塞などの心臓病が死因のトップを占め、年数十万人が亡くなっていた。心筋梗塞になりやすいコレステロール値の高い人が大勢いる一方で、有効な薬がなく、社会問題になっていた。

 帰国後、71年春から新薬候補を探し始めた。

 創薬の世界では、薬の「種(たね)」は見つかっても、実際に薬になるのは数万に一つ。それでも遠藤さんは、カビやキノコなどの微生物が作り出す物質の中に、体内でコレステロールの合成を妨げるものがあるに違いないと考えていた。

 微生物は、自然界で激しい生き残り競争にさらされている。ほかの微生物を倒し、身を守るためにつくられる物質には、様々な種類がある。

 「カビやキノコはぼくの友達。うまくつきあえば言うことを聞いてくれる」

 農家の次男として、今の秋田県由利本荘市で生まれ育ち、野山で遊んできた遠藤さんならではの信念があった。

 調べた物質は約6千種類に上った。そして、2年たったある日、コメの青カビから採れた物質が、試験管内でコレステロール合成を強力に抑えていることを見つけた。それが、後に多くの種類が登場するスタチンの先駆けとなる物質だった。「コンパクチン」と呼ばれた。

ラット実験で効果なし…開発は中止に

 コンパクチンには、肝臓でコレステロールの合成を調節する酵素を阻害する働きがあった。しかし、ラットで実験してみると、コレステロール値を下げる効果は見られなかった。開発は中止になった。

 だが、あきらめなかった…

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