新型コロナウイルス感染症が流行し、差別や偏見が広がりました。過去の感染症などの経験から、差別や偏見が負の影響を及ぼすと知っているはずなのに、また生じたのです。どんな実態だったのか、次への教訓は何か。熊本県内の保健所で、コロナ患者と向き合い続けた医師の劔(つるぎ)陽子さん(55)に聞きました。
保健所長・医師 劔陽子さん
――2020年春、当時勤めていた保健所管内の医師のコロナ感染がわかり、住民がパニックになったそうですね。
管内ではまだ感染者がいなかった頃です。ある病院の医師が感染したとの情報が広がり、保健所の電話は鳴り続けました。
「感染した医師が勤める病院のスタッフが町を歩いている。保健所が注意しろ」「その病院スタッフの家族が、○○で働いている。出勤停止にしろ。スタッフの子どもは保育園で預かれない」
保健所職員たちが「落ち着いてください。そんなことを言うのは人権侵害です。差別です」と必死に訴えました。しかし、パニックに陥った人たちは聞いてはくれません。
感染した人がいた場所に行くことで感染するわけではない、と伝えたいのに伝わらない。感染者を責めるような言動は過度な恐怖心をあおり、感染から人々を守れない。差別偏見は逆に助長されてしまう。
我々は結核やエイズで体験して学んできたはずなのに。ましてやここは熊本県。ハンセン病や公害が原因の水俣病の経験から、同じ轍(てつ)を踏むまいと誓ったのではなかったのか。何も学んでいないと思わざるを得ませんでした。
フルネーム答えさせられ恐怖
――その後も大変な状況は続きました。
電話は連日、保健所にかかっ…