全国審判講習会で指導担当者(右)の話を聞く各都道府県の審判たち=5日、阪神甲子園球場

 室内練習場に「アウト!」「セーフ!」と気合が入った声が響き渡った。今夏の第107回全国高校野球選手権大会に備え、5月5、6日に阪神甲子園球場で開催された全国審判講習会は、緊張感に包まれていた。

 全国から54人が参加。テーマは「最後の夏。選手たちの最高のシーンに、魂のジャッジを添える!」だ。

 フォーメーションやジェスチャーの確認、審判としての心構えについての座学など、項目は多岐にわたる。講師役からは「もっと本気でやらないと」と厳しい声も飛んだ。

 「高校野球の審判は『グラウンド・ティーチャー』にならなければいけないんです。グラウンドに立てる大人は審判だけ。教育的な視点を持って試合を運営し、選手に声をかけ、背中を押すことが自分たちの役割です」。甲子園で長年、ジャッジした経験を持つ尾崎泰輔・審判規則委員長はそう語る。

 この熱意が、100年以上続く高校野球を支えてきた。高校野球の審判は交通費こそ支給されるが、実情はボランティアだ。多くの人が学校の先生や市の職員など仕事を持ちながら、週末や休日は審判着にそでを通す。

 ただ、近年は全国的に審判不足が大きな課題となっている。

 甲子園がある兵庫県では5年前に162人だったが、今年は129人。三重県では審判がそろわず、県大会の日程が変更されたこともあったという。

 高齢化で引退する人が増えたことが主な要因だ。拘束時間の長さ、微妙な判定がインターネット上で「さらされる」リスクもあり、新たななり手も少ない。

 審判不足解消への取り組みは、各地で始まっている。

 和歌山県では、和歌山大の野球部が手助けしている。大学リーグで審判を務める部員が、高校の春・秋の県大会序盤にかけつける。その後、地元で就職して審判を続ける例もあるという。

 愛知県高野連は金銭面の負担に注目した。マスク、プロテクターなど新品を一式そろえる費用は約10万円。そこで、先輩審判が用具を買い替える際、これまで使っていたものを県審判部に寄付し、新人審判が自由に使えるようにした。シャツやズボンなども「新人キット」として半額で支給している。

 尾崎委員長は「審判が人生の彩りになるという魅力をもっと伝えたい」と話す。

 そんな中、全国講習会に昨年は7人、今年は6人の女性審判が参加した。過去、春夏の甲子園に女性審判が出場したことはない中、新たな動きだ。

軟式交流試合で二塁塁審を務めた佐藤加奈さん=2025年5月5日午後、阪神甲子園球場、米田怜央撮影

 佐藤加奈さん(38)は5日に甲子園で開催された軟式野球の交流試合で塁審も務め、「もっともっとやりたかった」。同じく塁審だった森田真紀さん(47)は産休・育休で約10年、審判の現場を離れたが、所属する埼玉県高野連の担当者から「いつ戻ってきても大丈夫」と絶えず声をかけられた。自身がグラウンドに立つことで、「仕事や家庭を持つ女性のモデルケースになれば」と強い意志を持つ。

 全国講習会の参加者の中には、涙を流しながら全員の前で甲子園に対する思いを語る人もいた。長崎県から参加した田川浩輝さん(52)は元球児で、現在は小学校教諭。「高校野球への恩返し」を理由に44歳から始めた。「この年になって学びだらけです。刺激を受けて生活が充実している」。そう言って汗をぬぐう姿は、少年のように生き生きとしていた。

軟式交流試合の開会式では男性審判の隣に女性審判7人が並んだ。7人は3イニングごとに交代で審判をした=内海日和撮影

なぜ「審判員」ではなく「審判委員」か

 審判不足を解決する手立ての一つとして、環境面の整備を挙げる声は少なくない。

 甲子園で約15年の審判歴がある乗金悟さんは「『日当をもらえたらやるかも』と言う若い子がいる。待遇の変化は必要なのかもしれない」。2児の母でもある森田真紀さんは「託児スペースなどインフラが整えば審判をできる人は増える」。

 近年、SNS上ではアマチュアの試合でもクロスプレーなどの動画が拡散され、無数の目で「採点」されるようになった。瞬時の判断を求められる現場に対し、時間を経て繰り返し確認できるグラウンド外からの指摘は、酷だとも感じる。

 教育の一環である高校野球の審判は「審判員」ではなく「審判委員」と呼ばれる。判定や試合の進行だけでなく、対戦相手を敬い、フェアプレーの尊さを選手たちに教えることなども期待されている。記者自身、試合中に選手のマナーや振る舞いにも気を配る姿を何度も目にした。

 もちろん、審判技術の向上は絶えず必要だ。一方で、審判委員が仕事と私生活の間で時間を作りながら球児を支え、ときに励まし、全身全霊をかけてジャッジしていることも忘れてはいけない。

軟式交流試合でジャッジする審判の森田真紀さん(左)=2025年5月5日午後、阪神甲子園球場、内海日和撮影
全国審判講習会で指導担当者(中央)の話を聞く各都道府県の審判たち=5日、阪神甲子園球場
全国審判講習会で指導担当者(右)の話を聞く各都道府県の審判たち。女性審判も参加した=5日、阪神甲子園球場

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