前日から髪を染め、介護美容を受けるのを楽しみに待っていた女性。終わった後、血圧があがるほど喜んだ=大阪市東住吉区、佐藤慈子撮影

 高齢者に特化した美容サービスが広がっています。「介護美容」と呼んで、専門の技術者を養成するスクールもあり、高齢者施設や病院での利用も増えています。ふつうの美容と何が違うのか。現場を取材してみました。

 大阪市東住吉区の高齢者施設「みとう多機能ホーム公園通り」。車椅子に乗った90代の女性が、職員に連れられてきた。うれしそうにはにかんでいる。

 「お会いできるのを楽しみにしていました」。介護現場に特化した訪問エステティシャン、米田美穂さん(37)が、手を取りながら声をかけた。

ネイルケアをする米田美穂さん=大阪市西成区、佐藤慈子撮影

 ここでは月に1度、入居者ら約15人を、2人のエステティシャンが担当している。

 女性が予約したのは顔のエステ。たいていの人は気持ち良すぎて眠ってしまうという人気メニューだ。

 約20分で、乾燥気味だった頰は両手が吸い付くほど、もちもちに。「せっかくやし、口紅だけつけてみますか?」。米田さんが尋ねると、女性は真っ赤な色を選んだ。

 塗っていると「アイラインも入れたい」。「今日パーマ行けるかな」。意欲がどんどん出てくる様子に、米田さんは驚いた。

 「できなくなることが増える中、少しサポートするだけで生命力がよみがえる。介護美容ってやっぱりすごい」

【動画】「介護美容」をて知っていますか? できないことが増える中、少しのサポートで力を取り戻す女性たち=佐藤慈子撮影

介護業界に恩返しを

 米田さんが高齢者向け美容の世界に飛び込んだのは、4人の子育てをしながら、20代で全身の筋肉が動かなくなる難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の母親を、30代で膵(すい)がんの父親を看取ったダブルケアラーの経験からだった。

 亡くなる直前まで、日常生活を送れるように病院や施設が最大限サポートしてくれたことに感動し、「介護業界に恩返ししよう」と決めた。

 現場で大事にしていることは、コミュニケーション。最初は手技ばかり意識していたが、醍醐(だいご)味は心と心の会話だという。

 「美しくなることが目的ではないんです。美容はあくまでもツールで、人生を豊かにするというゴールまで並走できることが最大の喜びです」

「長いこと(化粧)してへんわぁ」と言いながらリップを塗る女性を、「上手です~」と声をかけながら見守る米田美穂さん=大阪市東住吉区、佐藤慈子撮影
「みんな見てあげて!こんなに、きれいになりました」と、マニキュアを塗ってもらった利用者の手を見せるスタッフの阪口蘭さん=大阪市東住吉区、佐藤慈子撮影

地域に根ざしてこそ本領発揮

 そんな米田さんに白羽の矢を立てたのが住吉区社会福祉協議会の西川雅也さんだ。住吉区では、「百歳体操」や「ふれあい喫茶」など、高齢者の居場所づくりを、住民たちが主体的に取り組んでいる。

 同じ地域に住む米田さんだからこそ築ける信頼関係があり、近所だから定例で開催できる。高齢者たちも「またあの人にきれいにしてもらえる」と足が向く。日常の中に楽しみが増えて、外出が増えれば、おのずと介護予防につながる。西川さんは「高齢者向けの美容は、地域に根差した未来的なまなざしの中でこそ、本領発揮できるのではないか」と期待している。

 米田さんは、高齢者向けの美容や手技を教える養成学校「介護美容研究所」で学んだ。2018年、東京・原宿に開校。10月にはさいたま市に全国7校目が開校予定だ。

「介護美容」の担い手養成の学校も

 同校を運営する株式会社ミライプロジェクト(東京都渋谷区)代表の山際聡さんは、美容業界の学校運営に携わっていた。高齢化社会の中、美容業界と、担い手不足の介護業界を掛け合わせることを思いついた。

介護美容研究所の授業「応用エステ」で、フェイシャルケアの手技を習う生徒たち=大阪市中央区、佐藤慈子撮影

 受講生は10代から70代と幅広い。21年から24年まで3年間で3.4倍に増えている。同校で学んだ人を「ケアビューティスト」と呼び、25年3月までに2997人を輩出している。

介護現場を想定し、車椅子を使ったフェイシャルケアの手技を学ぶ生徒たち=大阪市中央区、佐藤慈子撮影

 介護美容を取り入れている病院もある。人工透析専門のクリニック「大正くすのきクリニック」(大阪市大正区)。21年からケアビューティストが患者のフットケアを担っている。

観察とケアで命を守る

介護美容を導入した医療施設もあります。「医療にはない力」で命を守る仕組みを聞きました。

 透析患者は糖尿病に罹患(り…

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