イラスト・ふくいのりこ

 認知症にはいろいろな行動・心理症状がありますが、最も見分けにくいのは、その人が「うつ」なのか、それとも「やる気がない」状態なのかの見極めです。やる気がないのと気分が沈むこととの見極めなどは誰にでもできると思うかもしれませんが、実は認知症ケアの現場や医療の世界でも、この両者の見極めは結構見落とされていることが多いのです。今回も個人情報保護のために事実の一部を変更し、仮名で紹介します。

どうしてこんなにやる気が出ないのか

 今から10年ほど前のことです。51歳で若年性アルツハイマー型認知症になった山田和樹さんは、会社の理解を得て仕事を続けてきました。

 建築会社で計測を担当してきたため、専門的な計測方法などはできるのですが、事前に約束したところに出かけていくとき、その場所や時間を間違えてしまうため、ひとりで仕事に出かけるとミスばかりしていました。

 そのことを気にした会社の上司が産業医に相談し、私の診療所を訪れたのでした。認知症の中核症状としてはまだ軽症です。最近の約束は覚えられませんが、これまでに獲得した計測のスキルやコツはしっかりと覚えているため、私も「誰かとペアを組んで就労することができる」と診断しました。

 ところがそれからしばらくして、会社の上司とともに山田さんが受診してきました。

 聞けばここ2カ月ほどの間に数日、断りなく仕事を休んでしまうことが増えたのでした。上司や同僚は山田さんの欠勤を「うつ病」だと考えて、会社の産業医に相談したようです。

 相談を受けた内科を専門とする産業医も、「うつ病はそのままにすると休みが多くなるどころか、自らの命を絶ってしまうことがあるから要注意だ」と、上司に再び私のクリニックを受診するよう、勧めたのでした。

「自分は責めていません」

 これは大変です。認知症が進…

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