認知症の診断を受けると、その人はそれまでとは違った世界に足を踏み入れることになります。がんなどの場合も「なる前」と「なった後」では世界観が変わりますが、認知症ではさらに「この先、自分は精神や行動の面が全く分からなくなるのではないか」という恐怖と向き合うからです。そんな大切な診断を受ける際に、もうひとり別の専門家の判断を聞きたいと願った人のことを紹介します。個人情報保護のために事実の一部を変更し、仮名でお送りします。
大病院の外来で
77歳の浜松みち子さんは数年来、夫や娘2人から「お母さん、最近、朝話したことを昼には忘れているから病院で診てもらったら」と言われてきました。
家族としては「物忘れ」を指摘して、早く受診させようとするのは当然のことでしょう。しかし浜松さんは高校教師をしていた夫を支え、自らは看護師をしながら2人の娘を育て上げた人です。誰かを支えることは得意でも、支えられることや相談することは不得意でした。
「困ったな。地域に知り合いの医師がいるけれど、大病院のほうが安心かもしれない」と、地域を代表する病院の「物忘れ外来」を受診することにしました。
でも、ひとりで行くのは心細く、娘たちに同行してもらい受診の日を迎えました。大きな病院ですから予診(本格的な診察の前にこれまでの病気のことや、体調などを聞く)や採血、脳の検査などを終えて担当医の前に座り、いよいよ診断を聞くことになりました。
医師は「浜松さんは初期のアルツハイマー型認知症です。先ほどの検査の結果、点滴の薬が使える範囲を超えていますので、飲み薬を始めましょう」といきなり告げ、治療方針も一気に話しました。
浜松さん自身、あまりにも唐突に感じてびっくりしましたが、もっと驚いたのは同行した娘2人でした。2人とも、医師が母親の心情を聞いてから病気の説明をすると思っていたのです。
決して医師の対応が不適切であったのではありません。診察前にいくつもの検査をして、その結果と照合しながら適切に診断し、この先にはこのような治療法があると告げたのです。大病院のシステムです。
しかし、母娘は診察室から退室する際、釈然としない気持ちが残りました。帰宅前に3人で喫茶店に入りましたが、みな無口で、浜松さんが30分ほどして「あんたたち、今日はありがとね。子どもたちの夕食の支度もあるだろうから先に帰って。私はもう少しここにいるから」。やっとのことで発言し、その場は散会になりました。
悩んだ末の決断
それから半年の間に浜松さん…