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 「武市(ぶいち)の夢の庭」として親しまれる北海道滝上町のガーデン「陽殖園(ようしょくえん)」が6日に開園70年を迎えた。園主の高橋武市さん(84)が中学時代に夢を描き、1人で裏山を造園して800種以上の草花を育ててきた。木漏れ日がさす緑陰の散策道には、今年も四季折々の花々が咲き誇る。

 開園したのは、武市さんが中学2年、14歳の時だ。家は貧しい開拓農家。小学生のころから野菜を背負って行商に出たが、ある日、野菜かごに挿したレンゲツツジ3本が野菜より高く売れ、「花は売れる」と確信。山の斜面に小さな花畑を造り、本格的な生産販売に取りかかった。

 修学旅行に行かず、親が子馬を売って充てようとした旅行代金を、頼み込んで苗の購入費などに回してもらった。園名は「太陽が育て殖(ふ)やしてくれる庭」との思いを込めた。

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来園者をガイドする高橋武市さん=北海道滝上町の陽殖園

 挫折もあった。ブームに乗って温室で育てたサボテンが突然の寒波で壊滅という痛い目にも遭った。だが、これが教訓となり、「この土地と環境の中で育つ花を育てる」と完全無農薬、無肥料に大きくかじを切った。

 「農薬でその害虫は殺せても、その害虫の天敵の昆虫や野鳥に影響がでる。害虫で一時的に花がダメになるが、その中で強い種が生き残っていく。その繰り返し」。手を掛けず、自然に任せることで花は自立し、育っていくというのだ。

全国からファン

 一輪車を押し、スコップとつるはしを手に小山や四つの池も造り、自然の地形を生かしながら独自の感性で庭園を築きあげてきた。コウホネやスイレンが浮かぶ小さなトンボ池は「まるでモネの絵のよう」という人もいる。豊富な植物の知識を独学で身につけ、品種改良で真っ赤なルピナスも作った。

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手作業で造ったトンボ池。コウホネが咲き始め、これからスイレンが池を埋めるように咲き誇る=今年6月1日午前10時26分、北海道滝上町の陽殖園

 造園から管理運営、園内ガイドまで1人で手がける異色の庭園は、案内看板の文字通り、「日本一変わっている花園」で、著名雑誌にも特集が組まれる。NHKの番組ではハーブ研究家ベニシアさんを得意のダジャレで戸惑わせ、テレビ朝日の「ナニコレ珍百景」にも登録された。

 人気の「北海道ガーデン街道」(大雪~富良野~十勝を結ぶ全長約250キロ)から遠く離れ、交通の便は悪いが、それが「秘境感」を生み、道内外から熱烈なファンが訪れる。

新たな目標次々

 開園から70年を経て、折れても芽を伸ばして大木になるマツの姿に「挫折からはい上がる強さを学んだ」という。「1日1ミリ動かせればどんな太い木も運べる」という信念も培った。気候や環境の変化への対応が求められている中で、いま武市さんはより寒さに強い花、逆に暑さに強い花を探している。

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来園客を出迎える左手の斜面。春先はスイセンに埋め尽くされていたが、いまはフウロとレンゲツツジに。秋へ向け、魔法のように次々と花が生え替わっていく=今年6月1日、北海道滝上町の陽殖園

 10年前に日本造園学会北海道支部の「北の造園遺産」に認定された時、武市さんは「育てた草花が自然の景観に溶け込むような庭になるまで庭造りを続けていく」と話していた。それはいまも変わらない。

 造っても造っても新しい目標が生まれてくる。ガウディの「サグラダ・ファミリア」のようだ。

唯一無二、花トモが語る魅力

 高橋武市さんを「ちょっと年上の花友達(花トモ)」と慕う上野ファーム(旭川市)のオーナーガーデナー上野砂由紀さん(50)に聞いた。

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上野ファームのオーナーガーデナー上野砂由紀さん=北海道旭川市

 そもそも陽殖園を「庭」と呼んでいいものなのか。誰の干渉も受けず、重機も使わずに粘土地を掘り起こし、迷路のような散策路も池も小山も、すべてを1人で造り上げてきた。世界中のどの庭とも似つかない「唯一無二」です。

 一見、普通の里山を歩いてい…

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