約1430年前に聖徳太子が建立したと伝わる四天王寺(大阪市天王寺区)の歴史を、大和文華館(奈良市学園南1丁目)の学芸員が一冊にまとめた。戦乱や災害で度々伽藍(がらん)を失いながら、その都度、再興を果たすことができたのは、時の権力者のみならず、庶民から「大阪の仏壇」としてあつい信仰を集めてきたからだという。
「四天王寺新縁起」(東方出版)を著したのは、大和文華館学芸部係長の一本崇之さん(41)。日本の仏教美術史が専門で、2022年まで四天王寺勧学部の学芸員として、宝物館の仏像の調査や修復などに携わった。
著作では以前、地域情報誌に連載したコラムをまとめ、593年の創建から現代に至るまでのトピックを紹介した。
なぜ残り続けたのか
その中でも目を引くのは焼失…