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写真・図版
「トンネル」は、どこにも続いていなかった=都内某所、高木忠智撮影

 現代の怪談はネットから伝播(でんぱ)する。SNSやYouTubeで怪異の震源に「行ってみた」という投稿はネット怪談の一大ジャンルとなっている。都内有数の心霊スポットといわれる地を妖怪研究者の廣田龍平さんと訪ね、古今の怪談との比較や流行の理由を考えた。

 その場所は、県境に近い丘の上にある。都内某所、と書くと途端にある種のうろんさが立ち上がる。

 きつい階段を上りきると、伽藍(がらん)の消えた境内のような空間がぽっかりと広がる。高木が生い茂り、鳥のさえずりと幹線道路の車の音が間断なく聞こえる。迫る夕闇。

 「怪異は境界で起きると昔から民俗学で言われますが、ここはまさに山間部と都市部の間の場所ですね」と廣田さんは話す。現地の案内板を見ると、150年ほど前に地元の商人がある仏をまつるために堂宇を建てた。荒廃した建物は約40年前に撤去されたといい、いまは礎石や灯籠(とうろう)、地蔵が残っているのみだ。史跡としての価値も認められ、自治体が管理する文化財の一つともなっている。

 他方、ここは心霊スポットとしても名高い。昭和の中ごろに殺人事件が起こったからだ。当時の記事でも確認できた。

 老人や女性の霊が出る、など昔から有名な場所だが、近年はネット上に「現地に行ってみた」と報告する動画や画像が多数上がっている。「リアルタイムで配信していた実況動画もあります」。ネットに残っていた動画には「後ろに何かいる」「やばい」など、視聴者のコメントが多数並んでいた。

 怪異の現場に「行ってみた」という行為は、民俗学で「オステンション」と呼ばれている。YouTubeやTikTokの配信者のオステンションで、新たな話題に事欠かない。文章で表現される古典的な怪談とは対照的だ。

 「ネットで生まれる怪談は、小泉八雲や柳田国男といった特定の作者に帰属するものではなく、ネットユーザーたちが、匿名的・共同的に構築する。誰もが手軽に送配信できる環境が整った2010年代以降は、とくに怪談と画像・映像が密接に結びつくようになりました」

 かつて、禁足地や妖怪が出るとされる場所は、地元の信仰と結びついたものが多かったが、「いまは宗教的な要素と無関係の場所も心霊スポットとして、オステンションの対象になっています」と廣田さんは話す。

 日没後、都内某所の「トンネル」に向かった。「女の幽霊が出る」とささやかれる場所だ。これもまた、あちら側とこちら側をつなぐ境界にある。

 車を止めて少し歩いた。暗が…

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