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西村裕一・慶応大学大学院教授

 外務省が、国連の女性差別撤廃委員会を日本の拠出金の使途から除外するという「異例の措置」を取ったが、「男系男子」の皇位継承を定めた皇室典範の改正を委員会が勧告したことへの抗議のためだった。その前提として外務省は、「皇位につく資格は基本的人権には含まれていない」と説明する。そもそも皇位継承と人権、憲法の問題をどう考えたらいいのか。慶応大学大学院の西村裕一教授(憲法)に話を聞いた。

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 外務省の対応の是非はともかく、皇室典範の規定が女性差別に該当しないという政府の説明それ自体は、憲法学の有力な立場に沿うものと言えます。

 そもそも、皇室典範の規定が女性差別撤廃条約に反するのではないかという問題は、この条約が批准された当時から議論されていました。その発端となったのが、女性学研究者の水田珠枝氏による問題提起です。それに対し、憲法学者の奥平康弘氏は、そもそも天皇制自体が差別的なのだから、その中での女性差別は憲法や条約の問題ではないと反論しました。異論もありますが、奥平氏の見解が憲法学界では有力となっています。

制度の非人道性を浮き彫りにした女性皇族の離脱

 もっとも、「皇室典範の規定は違憲ではない」といってしまえば、憲法上の問題がなくなるわけではないでしょう。

 憲法が天皇を日本国の象徴と定めているからと言って、国民が天皇のことを象徴と思わなければならないわけではありません。誰も天皇のことを象徴だと思わなくなれば、事実の問題として、天皇は日本国の象徴ではなくなってしまいます。現上皇が在位中に「象徴としての行為」を熱心に行ったのも、象徴としての役割を果たさなければ自身の存在意義がなくなってしまうと考えたからでしょう。

 象徴とは何かについて確固たる答えはありません。とはいえ、憲法学者の清宮四郎氏が言ったように、天皇が象徴する「日本国」とは、現行憲法の下における「平和で、民主的な日本国」でなければなりません。現行の皇室典範の皇位継承の定めが、そのような象徴にふさわしいものとなっているのかは、常に国民の議論に開かれています。

 女性皇族は、現行の皇室典範によって皇位継承資格が認められていません。婚姻によらない限り皇室から離脱することも困難な状況に置かれています。数年前に起きたある女性皇族の離脱劇は、制度の非人道性を浮き彫りにするものでした。だとすれば、ここで問われるべきは、女性を犠牲にして成立している現在の皇室制度が、「平和で、民主的な日本国」の象徴を支える制度としてふさわしいと言えるのかでなければならないでしょう。

 水田氏が問うたのは「性差別の象徴を日本国の象徴として認めることができるのか」という問題だったのです。奥平氏は憲法学者として、彼女の疑問に答える必要がありました。そして、天皇の地位が「日本国民の総意」に基づく以上、その問題を考えることは政治家を含めた日本国民の義務でもあるでしょう。

西村裕一さん

 にしむら・ゆういち 1981年生まれ。慶応義塾大学大学院法務研究科教授。専門は憲法学。共編著に「日本国憲法のアイデンティティ」など。

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〈おことわり〉当初配信した記事で、皇室典範が「婚姻によらない限り皇室からの離脱も許していません」とあるのは誤りでしたので、修正しました。皇室典範11条1項は、皇室会議の議を経て、女性皇族本人の意思による離脱を認めています。

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