内科医の天野恵子さんは、女性の健康問題に対応する「女性外来」を全国に広げた医師として、知られている。81歳のいまも、診療の現場で患者の悩みに耳を傾ける。男性中心の社会とされる医学界。どうやって女性外来はできたのか。
天野さんは、28歳、30歳、37歳のときに出産を経験している。3人の娘を育てながら、医師のキャリアを積んできた。
41歳まで無給の医局員として、東京大学病院などで働いた。週1日半の関連病院でのアルバイトで生活をやり繰りする日々。「収入はすべて家政婦さんへの支払いにあてていました」
夫も医師だった。男性の同期が次々と有給の助手へとステップアップしていくなか、「きみには稼いでくれるご主人がいるでしょう」と、昇進を後回しにされた。
「声をあげ、理不尽な環境とずっと闘っていましたが、『まあ、いいか』と受け流してもいました。思い悩んでいる時間があるならば、医師としての研鑽(けんさん)を積む。そのほうがずっと建設的だと思ったのです」
医師としての関心は、「性差医療」に向かった。男女で症状が異なる点に着目し、治療を考えていく。成人男性を基準に進められ、女性の健康を軽視してきた反省も踏まえ、米国で1980年代から注目され始めた考え方だ。
天野さんのもとには当時、「胸が圧迫されるように痛い」と訴える更年期前後の女性が多くやって来た。狭心症を疑い、検査をしても異常は見つからない。よく使われる治療薬も効かない。
人生100年時代、老いとどう向き合えばいいのでしょうか。天野さんが実践している日々の健康法についても聞きました。記事の後半で紹介しています。
これはいったい何なのか。海…