衣装の模様を表現する「絞り染め」は、千数百年前から受け継がれる伝統技能だ。そのひとつ、京都府一帯で広がってきた「京(きょう)鹿の子(かのこ)絞(しぼり)」を中心に、和の技術を生かした商品づくりを担っているのが、京都市下京区の「アンドウ」。阪中教恵さん(36)は京都製造部の統括リーダーとして活躍する。
調色や染色、経験をもとに作業
作業場の一角で、絞り染めの工程のひとつ、染色の作業を実演してもらった。バケツに入った色とりどりの染料をお玉ですくい、湯の入った浴槽のような大きな容器に入れていった。
依頼主が指定した色見本にいかに近づけるか。どの色を選び、どのぐらいの分量を入れるかは明確には決まっていないそうで、阪中さんは経験をもとに染料を混ぜ合わせていった。
色ができたら、生地を液の中へ。均一に色がつくように、生地をしっかりと動かす。湯は80度の高温になることもあり、手袋をしていても熱さを感じる大変な作業だ。鮮やかな黄色に染まると、天吾さんは「めっちゃきれい」と感心した様子だった。
奈良時代から続く絞り染め
絞り染めとは、布を糸でくくり、その部分に染料が入らないようにして、様々な模様を表現する染色技法の一つ。世界各地で古くから行われ、日本に残る最古の絞り染めは奈良時代の正倉院の裂(きれ)(布きれ)だという。明治初期にはすでに100を超える絞りの技法があったといわれる。
そのうち、京都で受け継がれてきた絞り製品の総称を「京鹿の子絞」という。鹿の子の名称は、染め上がった模様が子鹿の背中の斑点に似ていることが由来とされている。「京鹿の子絞」の中で「疋田(ひった)絞り」が代表的という。
素材に合わせた染色が魅力
阪中さんは大学院で液晶を研究する「リケジョ(理系女子)」だった。メーカーで働いたが、工芸に関わる仕事がしたいと同社に入社した。
研究職時代は、使う材料をミリ単位で量っていた。染色の作業では温度や湿度、生地の種類によって染まり方は変わり、臨機応変に調整することが重要という。
複数の染料をその場で決めていく作業に、「オカンが料理を作るときに、分量を計らずに調味料を入れていくのと似ていますね」と天吾さん。阪中さんは「数値化できる作業もあるかもしれませんが、素材に合わせて一つひとつオーダーメイドで染色するのが魅力」と教えてくれた。
絞りを身近に感じてもらおうと、阪中さんが開発したのが染色体験キット。染料や生地などの必要な材料がそろっていて、子どもたちでも気軽に作業できるよう工夫されている。
ANDO京都本店(京都市下京区)ではトートバッグやTシャツ、エプロンなどを染色するワークショップも開催中で、阪中さんが講師役を務めている。今後は絞り染めの伝統工芸士を目指したいという阪中さん。「京鹿の子絞を多くの人に広めていきたい」と話していた。
職人のプロフィール
さかなか・のりえ 1989年、大阪府生まれ。立命館大学大学院で生命科学、応用化学を学び、液晶を研究した。
連載「桂天吾がゆく 伝統を受け継ぐ職人たち」
伝統文化の担い手が減るなか、その道に飛び込み、継承しようという若手職人たちがいます。関西で注目の落語家・桂天吾さんが現場をたずね、その思いを紹介します。