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心中をテーマにした落語と歌謡曲のコラボイベントを提案した作詞家のもず唱平さん(右から2人目)。落語家の桂福団治さん(右)と桂春蝶さん(左)、歌手の浅田あつこさん(左から2人目)と談笑した=2024年10月16日、大阪市中央区の国立文楽劇場
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 かなわぬ恋のすえの心中が「究極の愛」のように作品で扱われるのは納得がいかん。そんなええもんちゃうし、生きて完結せなあかん――。長くそう考えてきたという作詞家のもず唱平さん(86)=大阪府枚方市=が心中をテーマにした舞台を提案し、10月16日に国立文楽劇場(大阪市中央区)で落語と歌謡曲を織り交ぜたイベントを実現させた。

 もずさんは昨年末、旧知の演芸評論家で、元大阪芸術大教授の相羽秋夫さん(83)に相談した。「自ら命を絶つなんてもったいないし、あほらしいもんやで。心中をそんなふうに扱った落語はないやろうか」

 まず話に上がったのは古典落語の「品川心中」だった。売れっ子だった遊女も年を重ねてお金に困るようになり、困窮から死んだと言われないよう一緒に死ぬ男性を探す。もともと男性は乗り気ではなく、遊女も途中からばからしくなっていくという内容だ。

 「これはええ」。ウクライナや中東で戦争が続く中、命を大切にする尊さを伝えたいもずさんは、自分の思いにぴったりだなと感じた。

 仲の良い桂福団治さんに相談したが、品川にまつわる内容で、上方落語家の自分たちには縁がないとの返答だった。ただ、弟弟子の桂春蝶さんなら、心中ものの古典落語「星野屋」をできる、と教えてくれた。

 星野屋も心中を皮肉り、笑いにしている。入れあげていた水茶屋の女性に、男性がお金を渡して別れ話を切り出す。ただ受け取るわけにいかず、女性は話のはずみで心中の約束をしてしまう。もともとその気がないのでだまし、だまされの展開になっていく。

「死ぬなんてばかばかしい」

 もずさんは再び相羽さんに相談し、「死ぬなんてばかばかしいという根っこは一緒。これはこれでおもろいと思うが」と伝えた。心中する2人の思いは必ずしも一致せず、どちらかの思いに引きずられているのではないかという自分の思いを、うまく笑いにしていると感じた。

 だまし、だまされで笑わせる分、もずさんの思いとずれている面はあるが、相羽さんも「それはそうかな」と受け止めたという。

 相羽さんは「『心中なんてダメ』と正面から伝えず、笑いにして響かせる。自ら死ぬのはあほらしいなと1人にでも思わせたら、仕掛けたもず先生も本望ですよ」と話す。

 当日、春蝶さんに呼ばれ、もずさんは予期せず舞台へ。「世界で殺し合いが始まり、人類は心中に向かっていると思うが、何とか生きていかなと思う」とあいさつした。春蝶さんは公演後、「目の前に普通にあったものがなくなったときの喪失感。(もずさんが)その本質を語ってくれた」と話した。

 公演では、歌手の浅田あつこさんが、もずさん作詞の新曲「道行き」を歌った。もずさんは一緒に死を選ぶのではなく、「生きることを諦めない」という思いを歌詞に込めたという。(市原研吾)

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