連載コラム「日曜に想う」 朝日新聞コラムニスト・吉田純子

アレクセイ・リュビモフ氏

 トランプ政権がハーバード大学に対し、留学生の受け入れ認可を停止した。こんなにもあっさり政治が学問に介入することができるものなのかと驚く。評論家の小林秀雄と数学者の岡潔が、共著『人間の建設』で繰り広げていた対話を思い出す。

 小林は言う。難しいことを克服することが「おもしろい」という感情の源であり、学問の原点であると。難しい球がだんだん打てるようになり、そこに喜びを感じるとき、野球選手も学問をしているのだ。多くの人に代わって難しいことを考えるからこそ学者は偉いのだ、とも。岡も首肯する。学問する心を軽んじる権利など、この世界の誰にもない。

 ロシアによるウクライナ侵攻が始まったころ、モスクワで撮影されたある動画が世界の関心を集めた。演奏会でピアノを弾く男性に、2人の警官が威圧的な風情で近付く。しかしピアニストは誰にもせき止められぬ清流のようにシューベルトを弾き続けた。立ち上がる聴衆も。動揺が伝わってくる。最後の音が放たれるやいなや、何かが破裂したかのようにブラボーと拍手が乱れ飛んだ。

 警官が現れたのは、このピアニストがウクライナを象徴する作曲家ヴァレンティン・シルヴェストロフの曲を弾いたから。ピアニストの名はアレクセイ・リュビモフ氏(80)。今や希少なロシアの巨匠である。

 4月に来日した折に話を聞く…

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