最近、3年前の北京の春をたびたび思い出す。
特派員として赴任していた私は、仕事終わりに時々通っていたバーで、韓国人男性の李さん(仮名)と知り合った。30代半ばの李さんは、中国と韓国が合弁で設立したソフトウェア会社で働くエンジニアだった。携帯電話やカーナビで使う地図アプリの開発に関わっているといい、「あなたが使っているそのアプリも、私の技術ですよ」などと冗談交じりに語る姿は、自信と意欲に満ちあふれていた。
一度、「なぜ韓国ではなく中国で働くのか」と聞いたことがある。李さんは、よどみなく答えた。
「中国は、能力さえあればチャレンジを受け入れてくれる。それに、私の妻は留学時代に知り合った中国人です。永住者カードも取得済みだ」
中国で生きていくことに、何ら迷いはないように映った。だが1年後、李さんは失意のうちに韓国へ戻った。
李さんの環境を大きく変えたのは、2021年秋に施行された「データセキュリティー法」だった。その第1条に、立法のねらいが記されている。
「データ活動を規範化し、(中略)国家の主権、安全および発展利益を保つ」
李さんは、中国人部下10人を率いるグループリーダーだったが、ある日を境にプロジェクトから外された。上司に強く抗議すると、こう言い返されたという。
「地図はわが国の重要な機密であるため、あなたに直接管理させることが難しくなった。今後、あなたの携帯電話やパソコンも、定期的にチェックさせてもらう。データの国外移転を防ぐためだ」
帰国直前、バーでささやかな送別会を開いた。帰り道、李さんは「降参」と言わんばかりに両手を上げ、天を仰いだ。
「大切な仲間だと思っていた…