見開かれた目に大きな口、天に鋭く伸びる角――。恐ろしい鬼の形相をかたどった「鬼瓦」が目の前にあった。屋根に取りつけられるのが一般的だった鬼瓦を玄関に置く新発想の商品だ。
埼玉県小川町の鬼瓦職人富岡唯史さん(62)が考案した「鬼面(きめん)表札」。きっかけは2021年、地元企業からの依頼だった。それまで屋根に使われる鬼瓦を主な商品としていたが、「鬼を飾る習慣の第一歩になれば」と快諾した。
鬼瓦は古くから邪気や災いを払う魔よけとして、多くの社寺仏閣や民家の屋根に取りつけられてきた。
だが、建築様式が洋風へと変化し瓦屋根が減少したことで、需要が急減。鬼瓦の存在自体を知らない人が増えるなかで、「鬼瓦の文化を未来につなげたい」と考えている。
父は「現代の名工」
富岡さんは小川町出身。「現代の名工」にも選ばれた父親の昭さんが町内で工房「富岡鬼瓦工房」を1963年から営んでおり、「子どものころは粘土で怪獣をつくるなど、瓦は日常の一部でした」という。
高校卒業後、職人をめざして静岡県森町の工房で修業した。何度もくじけそうになったが、親方の「お前には素質がある」という言葉を胸に、タコで痛む手で毎日、土と向き合い続けた。
4年後の1984年、富岡さんは父の工房に戻り、職人として働きはじめた。高度経済成長期で住宅需要は右肩上がり。鬼瓦は飛ぶように売れた。それまで手作業だった工房に機械を導入し、1日に約100個製造した。
いい時代は10年と続かなかった。
県内では小川町や深谷市で瓦…