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高台にたつ杉乃井ホテル=2025年3月、大分県別府市

 あちこちから湯煙が立ち上る大分県別府市。

 日本有数の温泉地にあって、その「顔」と言われるのが「別府温泉 杉乃井ホテル」だ。別府湾を見下ろす高台に、3棟の新しい宿泊棟が並ぶ。

 3月上旬、平日にもかかわらず、ロビーは宿泊客であふれていた。さいたま市の40代女性は夫と息子、母親の3世代で1泊。「子どもがボウリング場などの施設を気に入った。関東よりも手頃」と2年ぶりに再訪した。

 大規模な改装を1月に終えたばかり。2千人規模の施設で、791の客室は連日ほぼ満室だ。

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宿泊客でにぎわう杉乃井ホテル「星館」のロビー=2025年3月、大分県別府市

 いまでこそ好調な稼働を維持するが、2000年代初頭は危機の真っただ中にあった。

 「13社に断られた。前向きに検討してほしい」

 01年秋、ホテル内の会議室で、オリックスの森直樹に、杉乃井の担当弁護士はそう訴えた。弁護士には焦りの色がにじんでいた。

 杉乃井は同年5月、民事再生法を申請。事業を引き継ぐ企業を探していた。米ファンドや国内の観光事業者が取りざたされたが、日本独特の温泉施設の運営やプールも抱える大型リゾートに尻込みしたのか、交渉はまとまってこなかった。

 オリックスは当時、宿泊施設の経営は門外漢だった。にもかかわらず、この案件が回ってきたのは森の経歴と関係する。

 かつてセゾングループの不動産開発会社・西洋環境開発に籍を置いた。バブル期の過剰投資で行き詰まり、00年に特別清算を申請した企業だ。森は清算の実務を担い、資産の一部を加森観光に引き継いだ。その関係者から、オリックスに転じていた森に声がかかった。

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オリックス・ホテルマネジメント営業本部長の森直樹さん=2025年1月、大分県別府市

 森はオリックスでは、新規ビジネスをみつけるチームにいた。それでも、杉乃井の買収は「地方の温泉旅館の経営に乗り出すとしたら、相当ハードルが高いのは想像がついた」と振り返る。現地を一緒に訪ねた上司も、高台の巨大な「箱」をみると、表情を硬くした。

 客として館内を歩いてみても、すれ違う従業員はあいさつもそこそこといった具合で、「現場にいる従業員が少なく、ホスピタリティーにあふれるという印象はなかった」。

 売りの温泉は「ジャングル風呂」とよばれ、熱帯の木々を置き、滑り台や水槽、砂風呂まであった。「かつては一世を風靡(ふうび)した」(森)が、ビニールハウス状のつくりで、せっかくの高台の眺望は覆われていた。設備はさび付き、故障で止まったものもあった。

 食事も、部屋食にテナントのレストラン、高級懐石まであり、過剰に思えた。

「ハゲタカにはならない」

 ただ、マーケティング調査では前向きな数字が出た。1944年に開業した杉乃井。歴代天皇・皇后両陛下が宿泊し、97年には橋本龍太郎首相と金泳三大統領(いずれも当時)による日韓首脳会談も開かれ、九州や韓国で高い知名度を誇った。イメージダウンは否めなかったものの、存在感は薄れてはいなかった。

 それを裏付けるように、大手旅行会社が客の手配をとめていたにもかかわらず、連日100室ほどが埋まっていた。

 「温泉は日本古来のビジネス…

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