乗客・乗員520人が犠牲になった日本航空(JAL)のジャンボ機墜落事故から12日で40年となった。事故現場となった群馬県上野村の「慰霊の園」では追悼式典が行われ、墜落時刻の午後6時56分にはJALの鳥取三津子社長(60)らが黙禱(もくとう)を捧げ、空の安全を誓った。
鳥取社長は事故が起きた1985年に、後にJALと経営統合する日本エアシステム(JAS)の前身・東亜国内航空に客室乗務員(CA)として入社。昨年4月、CAとして初めてJALの社長に就任した。
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事故発生日に機体が墜落した「御巣鷹の尾根」を登るのは昨年に続いて2度目。事故機には12人のCAが乗務し、全員が死亡した。鳥取社長は「最後までお客様のために責務を果たそうとしていた」と同僚への思いを語った。
JALでは昨年12月、運航の前日に機長らが社内規定の約3倍のアルコール値に相当する酒を飲んだが、規定値内だと装うよう口裏合わせをして運航したことが発覚。国土交通省への報告も遅れ、同社は業務改善勧告を受け、赤坂祐二会長は安全対策の最高責任者である「安全統括管理者」の職を解任された。
鳥取社長はこうした経緯にも触れ、「憤りと不信感を与えてしまった。50年経っても100年経っても安全が大前提であると深く刻み、お誓い申し上げたい」と話した。
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