東京電力福島第一原発事故をめぐる株主代表訴訟で、原告側の逆転敗訴判決が言い渡された法廷=2025年6月6日午前10時58分、東京高裁、代表撮影

 東京電力福島第一原発事故を巡る株主代表訴訟で、旧経営陣に13兆3210億円の賠償を命じた一審・東京地裁判決を取り消し、株主側の請求を棄却した6日の東京高裁判決の要旨は以下の通り。

  • 何もしなかった判断を容認した東電判決 これで原発の安全が守れるか

 【事案の概要】

 2011年3月11日の東日本大震災に伴う津波で、原発が破壊され、炉心溶融に至ったことなどにより、原子炉から放射性物質が大量に放出する「過酷事故」が起きた。

 株主の原告は、旧経営陣が大規模地震による津波で過酷事故が発生することを予見できたから、事故防止に必要な対策を速やかに講じるべきだったのにそれを怠り、巨額の損害賠償責任や廃炉費用の負担を余儀なくさせたと主張し、旧経営陣に損害賠償の支払いを求めた。一審・東京地裁判決は計13兆3210億円の支払いを命じた。

 【予見可能性】

 旧経営陣が事故で東電に生じた損害について善管注意義務違反に基づく賠償責任を負うというためには、事故の原因となり得る程度の津波が原発に襲来することを予見できたと認められる必要がある。

 事故当時、原発では10メートルを超える津波を想定した対策は全く講じられていなかった。この高さの津波が来れば、全電源喪失状態になり、過酷事故につながりうることは容易に予見できた。

 この高さの津波が来ることについて予見可能性が認められる場合、旧経営陣は原発の運転停止に向けた指示をするべきだったといえる。

 事故前に原発が国策として推進されてきたことも考慮すると、予見可能性があったと認めるには、原発を停止しなければ過酷事故が生じうることについて、国民生活や企業活動への影響を重視する者を含めた多数の利害関係者に正当性を主張し得るほど、合理性や信頼性のある根拠が必要だ。

 【長期評価の合理性と信用性】

 国の地震本部が策定した長期評価は、当時の地震学に関するトップレベルの研究者による議論に基づいたもので、原子力事業者も尊重すべきものだった。

 一方、長期評価に基づきどんな防災対策をとるかは、各機関が対策の必要性や緊急性、実現可能性を踏まえて独自に検討する余地があった。長期評価には、積極的な根拠が示されず、地震本部自身がその信頼度を「やや低い」とした部分もあった。政府の中央防災会議や福島県、茨城県が防災対策のとりまとめの際に見解を採用しないなど、長期評価は、予見可能性があったことを認める根拠としては、必ずしも十分ではない。

 【東電の対応】

 長期評価に基づく試算により、08年3月に10メートルを超える津波が想定されることが判明し、対策工事を検討したが、同年6月、常務取締役だった武藤栄氏の決定により検討が中断され、長期評価の見解について土木学会に検討を依頼する方針になった。この方針について、他の原子力事業者や学者から異論は出なかった。

 【予見可能性の有無】

 10メートルを超える津波を想定した対策の指示を法的に義務づけるほど具体的な予見可能性があったと認める根拠として、長期評価や試算は十分ではない。

 武藤氏は、本件事故に至るまで、旧経営陣の中で長期評価や試算結果についての情報を最も多く得ていた。担当者から長期評価は無視できないと説明を受けたが、その説明は、10メートルを超える水位の津波が襲来する危険性について、切迫感や現実感を抱かせるものではなかった。

 武藤氏の判断で、津波対策工事の完成は遅れたが、そのことをもってその判断が不合理とは言えない。ほかの取締役で、武藤氏以上に多くの情報を得ていた者はおらず、旧経営陣に予見可能性があったとは言えない。

 その他の争点について検討するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

 【その他】

 旧経営陣は、東電の取締役として、原発事故防止のための措置を指示できる立場だった。本件事故による甚大な損害について大きな社会的責任を負うべき立場にある。しかし、予見可能性が認められない以上は法的な損害賠償責任は認められない。

 今後、電力事業者はいかなる要因に対しても事故を防ぐための措置を怠らないという不断の取り組みが求められる。原発事業のあり方について、電力供給の利益を享受する者も含めた広い議論が求められている。

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