世界一の「力」が一気に初防衛へ王手とするか、勝利に飢えた「虎」が反撃へと牙をむくか――。一力遼名人(28)=棋聖・天元・本因坊と合わせ四冠=に芝野虎丸十段(25)が挑戦している第50期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)の第3局は11日、三重県鳥羽市の旅館「戸田家」で始まった。

 若き両雄が50年目を迎えた節目の名人位を争う七番勝負は、昨年と名人・挑戦者の立場を変えての再戦。一力名人は初防衛を、芝野挑戦者は復位を目指す。第1局、第2局は一力名人がそれぞれ難局を制して開幕2連勝を飾った。

 対局は2日制で持ち時間各8時間。11日午前9時に始まり、午後5時半以降に打ち掛け。12日午前9時に封じ手を開封して再開し、同日夜までに終局する見込み。立会人は山田規三生九段(53)、ユーチューブ解説は佐田篤史七段(29)、新聞解説は村川大介九段(34)が務める。

 朝日新聞のデジタル版では、七番勝負の模様をタイムラインで徹底詳報する。

【囲碁ライブ】一力遼名人ー芝野虎丸十段【第50期囲碁名人戦第3局1日目】(終局後、ライブ録画は囲碁将棋TVのメンバー限定になります)

  • 【2日目タイムライン】
  • 【第2局総括】魔物の森で攻め合う鬼と鬼 「人間業でない」その先に見える景色
  • 【第2局詳報】一力名人が開幕連勝 人間離れの熱戦「最後は運が良かった」

1日目総括

AI評価値99%超

 午後5時30分、名人が117手目を封じて1日目を終えた。名人に錯覚があったか、挑戦者の大石を取りかけにいったがしくじり、形勢を損じた。

 名人の2連勝で迎えた本局の開始早々、挑戦者は右上でおよそ40目の陣地を名人に与える大胆な作戦に出た。代償に得た白壁をバックに、碁盤の下半分の白模様に勝負を託したが、名人は右下黒23の打ち込みから巧みにさばきリードを奪った。

〈途中図〉先番・一力名人(116手まで)93(77)

 挑戦者は上辺白54から一転して黒模様を荒らしに向かう。白70と敵陣で犠打を放つことなく白石すべてを引き連れて居直る強手に、名人は大石を丸取りにいった。

 黒77から85、87と相手陣に石を入れて「ナカデ」と呼ばれる石殺しの筋を敢行。殺せなければ、相手陣に入れたすべての石が捕獲されることになり、大損する。大石殺しを確信しなければ打てない手だったが、挑戦者の右上白96を見て、名人は黒97と撤退。白98と大きく生きられては大ダメージだった。

盤面を見つめる一力遼名人(右)と対局室に戻ってきた芝野虎丸十段=2025年9月11日午後4時3分、三重県鳥羽市の旅館「戸田家」、菊池康全撮影

 40目の黒地のはずだった右上に11目の白地が出現し、残された黒地はおよそ10目。黒地は差し引きゼロになったに等しい。一時は名人の勝率90%に達したAIの評価値は、挑戦者の99%超に大きく振れた。

 解説の村川大介九段は「名人に錯覚があったとしか思えないが、非常に難しい戦いで、挑戦者がシノギを読み切っていたとしたら強すぎる」と語った。

 消費時間は名人4時間22分、挑戦者3時間8分。対局は12日午前9時から再開される。

17:30

名人が封じ手

 一力名人が考慮中に、午後5時半の封じ手の時刻を迎えた。約10分前には封じ手に備えるかのように上着を羽織っていた名人は、すぐに117手目を封じる意思を示した。

 名人戦七番勝負1日目の最長手数は、今期の第2局で記録した127手。前局には及ばないが、歴代4位タイのスピード進行だった。

立会人の山田規三生九段(右端)に封じ手が入った封筒を渡す一力遼名人。中央奥は挑戦者の芝野虎丸十段=2025年9月11日午後5時32分、三重県鳥羽市の旅館「戸田家」、菊池康全撮影

 ちなみに117手で並んだのは、第43期の第1局(井山裕太名人〈当時〉―張栩九段)だった。

 1日目の消費時間は、名人4時間22分、挑戦者3時間8分。

16:00

名人に錯覚か

虚空を見つめ、考え込む一力遼名人。左手前は芝野虎丸十段=2025年9月11日午後4時46分、三重県鳥羽市の旅館「戸田家」、菊池康全撮影

 名人、大見損じか⁉

 実戦図の黒1から挑戦者の白の大石を殺しにいったが、白2以下20となって、これ以上追及できないのだ。黒21と兵を引かざるをえず、白22となって挑戦者は望外の生きを得た。

〈実戦図〉先番・一力名人(77―100手)
黒17(1)

 もともと右上は黒の約40目の大地が確定していた。それが図から黒A、白Bになったとして、白地は捕獲した黒石5個と合わせて11目にもなる。黒地はおよそ10目に激減し、差し引きゼロ目になってしまった勘定だ。

 一連の折衝で一時は名人の勝率90%超だったAIの評価値は挑戦者の99%超に跳ね上がった。「名人に錯覚があったとしか思えない」と解説の村川九段。

 実戦図の黒21で、参考図1の黒1と、さらに白の大石を追及したらどうなるか。

〈参考図1〉白6(5の二路左)、白14コウ取る(8)、白16ツグ(11)、黒17取る(5の左)

 白2以下一本道で、黒19までとなる。この形は一見、上辺の白と右上隅の黒との攻め合いの格好になっているが、実は白の無条件勝ちなのだ。

 非常に珍しい形なので、もう少し詳述したい。

 参考図1の黒19のあと、攻め合いを続けると参考図2の白1以下白11となり、白の取り番のコウとなる。

〈参考図2〉黒2ナカデ(1の二路右)、黒4(1の右)、白7(6の右)、黒8コウ取る(5の左)、白9(3の二路左)、黒10(1の右)、白11コウ取る(5)

 白はいつでもこのコウを仕掛けられるのに対し、黒からの仕掛けはなく、白の仕掛けを待つほかない形。これは日本棋院のルール上、白の無条件勝ちとされているのだ。

 読み合いにおいて日本の囲碁界で双璧をなす両者のねじり合いで、これほど一方的な出来上がり図は極めてまれだ。

 挑戦者は勝利に向かって大きく前進した。

棋になる数字

虎は第3局の鬼

 充実の名人に対し、何が何でも初日を出したい挑戦者にとって吉兆と言えるデータがある。

 6度目の名人戦七番勝負を戦…

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