先の大戦下、広島・長崎で多くの命を誰彼なく奪った米軍の原子爆弾。当時、広島で小学生になったばかりの小谷孝子(こたに・たかこ)さん(86)は、大切な家族をなくしたつらい体験を心の奥に長年しまいこんでいました。その封印を解いたのは、人形を手に一人二役でかけ合う腹話術。「あっちゃん」と呼ぶ男の子とともに、この80年の歩みを子どもたちに語り伝えています。

 80年前の夏、最愛の弟は3歳だった。

 「お母ちゃん、お水、おいしいねぇ」

 この一言を残し、母の胸で息絶えた。

 小谷さんは、わが子の名をつけた傍らの人形・あっちゃんを弟と思い、一心同体で歩む。

 戦艦大和を建造中の広島県呉市に生まれた。海軍所属の父は戦地で病を患い、帰国後すぐ死去。残る一家5人で広島市内の祖母宅へ身を寄せた後、原爆に何もかもを奪われた。弟は被爆4日後に亡くなり、母も6年後に白血病で逝った。

 「どんなに大変なときでも…

共有
Exit mobile version