(23日、第107回全国高校野球選手権大会決勝 沖縄尚学3―1日大三)
日大三(西東京)は14年ぶりの夏の甲子園での優勝をめざした。
主将の本間律輝選手(3年)は一回1死二塁から先制の適時二塁打を放った。
「打てなかった時期もあったから、決勝で打てて喜んでいると思う」
そう話す姉・彩香さん(28)は日大三の吹奏楽部長だった。甲子園での演奏を聴いて、本間主将は日大三を選んだ。
決勝のアルプス席で、彩香さんは特別な思いで試合を見つめた。
あの夏がきっかけだったよね
律輝と初めて一緒に甲子園に来たのは2011年夏。律輝は4歳で、私は日大三中学校の吹奏楽部の2年生だった。
あの時は今ほど暑くなかったけど、それでも大粒の汗を流しながら、私は必死にクラリネットを吹いていた。
そんな姿を、律輝は近くで目を輝かせて見てたよね。
あの年、日大三は甲子園で優勝した。
実は私、野球のルールをあまり知らなかった。でも自分の学校の日本一に感動して、涙が止まらなかった。
決勝だけ甲子園に来られなかった律輝は「家のテレビの前で試合に釘付けになっていた」って、後でお母さんから聞いたよ。
律輝が「おれも野球やりたいかも」と言い出したのは、あの夏がきっかけだったよね。
小学2年生で地元の野球クラブに入ってからは、よくお父さんと公園でキャッチボールをしていたよね。
私も何回か一緒に、バッティングセンターに行ったっけ。私は球技が苦手だから全然打てなかったけれど、振る度に球が当たる律輝を見ながら、「すごいな」「頑張って練習しているんだな」と誇らしく思っていた。
「日大三に入って、野球をする」。いつしかそれが、家族全員の目標になった。
入学が決まった日は家族みん…