春の陽気に包まれた5月中旬の昼下がり、古くくすんだ橋の上を色鮮やかな黄緑色の大型バスが渡っていく。約900メートルの橋を約1分半かけてゆっくりと進み、廃れた工場や人の気配のない観覧車が立つ鴨緑江の向こう岸に消えていった。
ここは中国東北部遼寧省の丹東。向こう岸は北朝鮮の新義州だ。丹東は温泉や沿海部ならではの海産品などが売りの一大観光地。バスが通る「中朝友誼(ゆうぎ)橋」を背景に、中国の観光客たちはチマ・チョゴリを着て写真撮影を楽しむ。バスを気にとめる人は多くない。
だが、私はバスに釘付けだった。最近、中国で働く北朝鮮労働者の「帰国ラッシュ」が起きていると知って取材を積み重ね、このバスに乗っているのが、出稼ぎを終えて帰国する北朝鮮労働者とみられる女性たちと聞いていたからだ。
7~8年ぶり帰国の人も
国外で働く北朝鮮労働者の収入が核・ミサイル開発の資金源になっているとして、国連安保理は2017年の決議で、労働者を19年12月までに送還するよう加盟国に求めた。だから、本来は中国に北朝鮮の労働者はいないはずだが、北朝鮮は制裁にひっかからないよう研修などの名目で労働者を派遣。中国の北朝鮮研究者によると、多い時で8万人ほどいたという。だが、コロナ禍で20年1月に北朝鮮が国境を封鎖したため、労働者たちは中国に留め置かれてきたと言われている。23年8月以降、少しずつ帰国できるようになった。
バスに乗る彼女たちはやっとその順番がまわってきたのだろう。研究者によると、中には7、8年ぶりに母国の地を踏む人もいるという。川を渡る1分半、彼女たちは近づく故郷をどんな思いで眺めているのだろうか。黒くくもった窓ガラスで、表情を外からうかがい知ることはできない。
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私は自分が知っている北朝鮮の情報をつなぎあわせて、彼女たちの気持ちを想像してみようと思った。だが思い浮かぶのは、ミサイル発射やウクライナ侵攻を続けるロシアへの派兵といったことばかり。彼女たちの中国での暮らしぶりを知ることで心の一端がわかればと思い、丹東の街で北朝鮮労働者を追うことにした。
■出稼ぎ労働者に女性が多い理…