(13日、第107回全国高校野球選手権2回戦 創成館1―0神村学園)
静かな甲子園が、かすかにわいたように聞こえた。1点を追う七回2死一塁。神村学園の茶畑颯志(3年)は代打で送り出され、小田大介監督との約束を思い返した。
生まれつき両耳の聴力が弱く、周囲の音はほとんど聞こえない。幼いころに人工内耳の手術を受け、右耳が聞こえるように補聴器をつけている。
中学生のころは、髪を伸ばして耳のあたりを隠した。「機械が見えるのが恥ずかしくて」。相手の声が聞こえにくいから、会話は苦手。ただ、観察眼は鍛えられた。相手の反応でいろんなことを察する。
野球をしている間は、楽しさで満たされた。捕手というポジションは好きだ。「一目でグラウンドの様子が見えて合っていた」
覚悟を決めた日付を、はっきり覚えている。2023年3月26日。高校の入部を控え、自宅の風呂場で兄にバリカンで髪を刈ってもらった。鏡で自分の姿を見た。やっぱり恥ずかしかった。
不安だらけだった入寮日、音の代わりに震える目覚まし時計をそばに置いて寝た。同学年の仲間も先輩たちも「大丈夫だよ」と大きなジェスチャーで助けてくれた。
「いろんな人にたくさんの優しさをもらった」。勇気を出して自分から話しかけると、見える景色は変わった。何げない話で笑い合えた。幸せだった。
「ハンデがあってもできると示してほしい」。それが監督との約束だった。2ストライクからの3球目、直球を打ち返したが中飛に終わった。そのまま交代し、ベンチで仲間に声をかけ続けた。
「大丈夫だよ」。もらった優しさを、言葉に代えて。