Smiley face
写真・図版
「inner space」 (detail) update 2024.06 ©Iku Harada
  • 写真・図版

 いつでも帰れる、どこまでも広がる、自分だけの理想郷があったら――。「インナースペース」と呼ぶ仮想世界を自身のコンピューター内に作り、そこと現実世界を行き来しながら制作している美術家・原田郁さん。最高の秘密基地を持っているからこそ実感できる、「リアルのいとおしさ」があるのだと語る。

「どうぶつの森」にヒント

 海原にいくつも浮かぶ緑の島。ポリゴン(多角形)の木々や山並みの合間には湖が広がり、白い建物やカラフルな構造物が点在する。原田さんの故郷である山形の豊かな自然を原風景として、変化と拡張を続けるインナースペース。誕生は今から約15年前のことだ。

 当時は20代後半。東京の美大を出た後、描くべき主題が見つからず、画家をやめるかどうか悩んでいた。過去を棚卸しするように子供時代の思い出をさかのぼるうち、学校の裏山や地元の1級河川といったお気に入りの場所に足しげく通っては、風景を描いていた記憶がよみがえった。

 あんな環境を、今度は自分で作れたら。その頃、友人たちの間ではニンテンドーDSのゲーム「おいでよ どうぶつの森」がはやっていた。手元の機械に理想の世界が収まっていて、電源ひとつでいつでも続きを始められるということに、興味をひかれた。その後、無料の3Dモデリングソフトを見つけたことをきっかけに、精神の箱庭のようなインナースペースをパソコン内に生成。その中で疑似体験した風景をモチーフとして、現実の絵画作品を制作するようになった。

 インナースペースは現実世界のトレースではない。ベッドルームだけの建物があり、アトリエが点在し、船や飛行船が行き来する。航空機が飛んでいるのは、かつて成田空港の近くで展示をしたことがあるから。現実世界での経験や印象の断片を糧として雑多に成長するインナースペースは、うそ偽りない日記のようなものでもある。

 原田郁さんが参加中のグループ展「日常アップデート」は、東京都渋谷公園通りギャラリーで9月1日まで(8月26日休館)。インタビュー後半では、コロナ下のメタバースブームで抱えたある葛藤や、仮想空間での最高な過ごし方についても聞きました。

他者の気配が入り込む

 インナースペースでは基本的に一人称視点で、風景の中に人の姿は見えない。「私だけがパソコンを開けて触ることができる、世界と私の1対1の関係」と原田さんは言う。

 ただ今回、東京都渋谷公園通…

共有