6月の論壇委員会で論壇委員が取り上げた論考が載った主な雑誌

 朝日新聞には毎月、雑誌やネットで公開される注目の論考を紹介する「論壇時評」という欄があります。時評を執筆する谷口将紀さんと6人の論壇委員は月に1回、注目の論考や時事問題について意見を交わします。各分野の一線で活躍する論壇委員が薦める論考を紹介します。(以下敬称略)

鈴木彩加 ジェンダー・社会

▷山崎明子「インタビュー 手芸文化と近代日本」(同朋6月号)

〈評〉手芸は女性の嗜(たしな)みとなされ、美術の領域から排除されてきた。戦時中には軍服や慰問品など「兵士のための仕事」として意味づけが変化した。千人針は女性たち自身が街頭で呼びかけて集めたものであるが、男性画家は「家で静かに縫う女性像」というモチーフを好んだ。縫うという行為は、女性同士が連帯し、社会との関係性を築いていく力となるものである。歴史的背景を掘り起こし、女性の手芸の社会的・政治的な力を丁寧に照らし出している。宮脇綾子の作品を通じて、手芸が芸術として再評価される可能性も提示。芸術と日常、私的な営みと公共性が交差する場としての手芸の可能性を考えさせられる。

▷樫田秀樹「『組織罰』実現をめぐる高い壁」(週刊金曜日5月23日号)

▷竹信美恵子「無罪相次ぐ『関西生コン事件』」(ふぇみん5月15日号)

鶴見太郎 歴史・国際

▷國﨑万智「ジェノサイドに加担する防衛省」(地平7月号)

〈評〉日本の防衛省が実証試験の契約を結んだ小型攻撃用ドローン7機種のうち半数以上がイスラエル製である。市民から反対の声が上がるが、防衛省や輸入代理店は購入の予定を変えていない。イスラエルは、高い軍事技術に裏打ちされた実行力と資金力により、軍事的解決以外を目指さなくなっている。住民の一掃さえ視野に入れたガザ殲滅(せんめつ)に向かっている現在、イスラエル製武器の購入が何を含意するかは明らかだ。イスラエル軍を国際社会が止められないなかで、日本が具体的にメッセージを発信できる数少ないカードである。パレスチナ人の命を守るために日本国民として何ができるか。率直に問いかける論考だ。

▷鈴木絢女「大国の横暴への抵抗 マレーシアの試み」(アステイオン102号)

▷ナオミ・クライン、アストラ・テイラー「終末ファシズムの勃興」(世界7月号)

松谷創一郎 カルチャー・メディア

▷税所玲子「BBC 終わらない対策と課題」(放送研究と調査6月号)

〈評〉性加害事件「ジミー・サビル事件」が発覚した2012年以降、英BBCは様々な対策を講じてきた。その後、発覚した別のタレントの性加害事案では、25年2月に調査報告書を発表。組織内でタレントと他の職員との間の権力不均衡があり、職員が声を上げにくい環境であることなどを指摘した。業界では、政府の後押しもあり、独立機関が設立され、「行動基準」が発表された。ただし著者は、詳細な調査や対策を整えても組織文化を変えることは難しいとし、日本のメディア業界にも根本的な変革の必要性を提言する。

▷ジョシュア・レット・ミラー「AI学校が迫るアメリカ教育革命」(ニューズウィーク日本版6月3日号)

▷木澤佐登志「未来は奴らの手の中 権威主義的リバタリアニズムとSF的未来像がもたらすもの」(現代思想6月号)

吉弘憲介 経済・財政

▷濱口桂一郎「日本の賃上げはなぜ難しいのか」(Voice7月号)

〈評〉政府や経団連によると、日本の賃金は毎年約2%増とされてきた。しかし個々の労働者の賃金=ミクロは上がりながらも、全体の賃上げ=マクロにはつながっていない。これはミクロの数字が定期昇給を含んでいるからだ。定期昇給は、上の年代を退職させて途中を順々に引き上げる「ゼロサム的賃上げ」を意味する。個人の賃金が上がっても、企業の人件費に回す分はゼロサムとなり、1人あたりの賃金に直すと上昇していないというからくりである。今年の春闘では大企業を中心にベアアップに満額回答が相次いだ。しかし日本の給与決定メカニズムを踏まえると、この傾向が確定的なものではないことが分かる。

▷田中賢治「日本企業は資金をため込んでいるのか?」(経済セミナー6・7月号)

▷梶谷懐「米中対立はグローバルな自由貿易体制をどう変えるのか」(世界7月号)

打越綾子 行政・公共政策

▷浜井浩一「拘禁刑で刑務所はどうなる」(世界7月号)

〈評〉拘禁刑が創設され、6月1日に施行された。刑罰のあり方が変わるのは実に118年ぶりである。これは、懲らしめとしての労役を課す刑罰から、社会で更生するために必要な作業や指導を行うことを目的とした刑罰への転換となる。これまでは少ない刑務官で多数の受刑者をコントロールして保安事故を防いできた。今後は、刑務官が一人一人の受刑者の特性に応じた処遇を展開する必要が出てくる。法務省出身の研究者によるリアルな分析は、社会のためにも、刑務官のためにも、受刑者のためにも、刑務官のマンパワーの増強が不可欠であることを強く実感させる。

▷福永真弓「地球にまみれる テラフォーミングと惑星の編み直し」(現代思想6月号)

▷村木志穂「中央省庁における近年の執務空間と働き方の変化による大部屋主義の変貌」(年報行政研究60号)

庄司香 政治・国際

▷イスメット・ファティフ・カンカール「ボスニアの不安定化と欧州」(フォーリン・アフェアーズ・リポート6月号)

〈評〉ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦内のスルプスカ共和国が、親ロシアのセルビア人ドディック大統領のもと分離独立の動きをみせている。ボスニアの裁判所はドディックを公職追放し懲役刑を言い渡したが逮捕できていない。セルビア、ハンガリーはドディックを支持、ウクライナから関心をそらしたいロシアも事態を歓迎している。国内勢力同士が撃ち合った歴史を抱える小さな多民族国家が、紛争から30年経つ今も国家統合できずにいる現実は日ごろあまり報道されない。欧州全体を不安定化させる軍事衝突につながりかねないリスクに注意喚起する貴重な論考だ。

▷角幡唯介「グリーンランドの怒れる男たち」(文芸春秋7月号)

▷西原廉太「米国大統領と聖公会」(Voice7月号)

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