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「ガザ戦闘1年 新中東危機」東大作・上智大教授に聞く
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 パレスチナ自治区ガザ地区で、イスラエルとイスラム組織ハマスによる戦闘が始まって1年が経つ。パレスチナ側の死者は4万人を超え、停戦交渉も探られてきているが、事態の打開にはいたっていない。日々命が失われるこの状況を止めるにはどうしたらいいのか。国連政務官や研究者などの立場で、中東やアフリカの紛争地で和平交渉や政策提言にあたってきた上智大学の東大作教授に聞いた。

ヒズボラ攻撃激化、ガザ停戦圧力かわす意図か

 ――ガザでの戦闘が起きてから1年が経ちます。この間の経緯をどう見ていますか

 ハマスによる攻撃のあった昨年10月、私は在外研究で米国に滞在していました。国連関係者などさまざまな専門家ともこの事態について対話しましたが、1年も戦闘が続くことを予想した専門家は少なかったです。イスラエル軍とハマスとの戦闘は2008年と14年にもありましたが、1~2カ月ほどで収束しました。

 ――なぜ08年や14年と比べて、今回は長期化しているのでしょうか

 昨年10月のハマスによる攻撃で約1200人もの死者が出たことによるイスラエル国民への衝撃の大きさもあると思います。さらにイスラエルの政情の違いが大きいでしょう。現在のネタニヤフ政権は建国史上最も極右な政権とも言われています。内閣には極右の政党が入っており、彼らが離反すればネタニヤフ政権は崩壊する可能性があります。彼らの離脱を防ぐためにネタニヤフ首相も停戦を選ぶことが難しくなっています。

 またネタニヤフ氏個人を取り巻く環境も指摘しなければなりません。汚職疑惑を抱え、収賄など三つの容疑により検察に起訴されています。在任中の首相は訴追されませんが、政権が崩壊し職を失えば逮捕される可能性もあります。

 このような状況もあり、9月に入りネタニヤフ政権は隣国レバノンのイスラム教シーア派組織でハマスと共闘関係にあるヒズボラへの攻撃を激化させています。首都ベイルートへの激しい空爆に加え、ヒズボラの最高指導者ナスララ師をも殺害し、レバノンへの軍事侵攻も始めました。戦争をエスカレートさせることで、ガザ停戦への圧力をかわそうとしているように見えます。これに対して、ヒズボラを支援するイランもイスラエルに対して直接ミサイル攻撃をかけ、イスラエルも報復を宣言し、歯止めのない戦火の拡大に恐怖を覚えます。どうすればこの暴力の連鎖を止められるか。私は原点に戻ってガザでの停戦を実現することが一番重要だと考えています。

 ――今年5月末に米バイデン政権がイスラエルの停戦案を公表しましたが、停戦につなげられるのでしょうか

 ハマスは当初この提案を受け入れました。その後イスラエル自身が新たな要求を加えハマスも反発し、予断を許さない状況です。やはりイスラエルの説得には米国の関与が最も重要でしょう。米国にも停戦に踏み切らないイスラエルへのいらだちがにじんでいますし、今後イスラエルに対する軍事支援や武器供与をやめるというカードを切ることもあり得るかもしれません。

 ただ、米国では大統領選が11月に控え、もし極めてイスラエル寄りのトランプ氏が当選すれば和平交渉がさらに困難になるかもしれません。イスラエルからすれば米大統領選の結果を踏まえて判断したい思惑もあるわけで、和平の今後の見通しは現段階では不透明です。

 ――停戦合意の実現にはどのような条件が必要でしょうか

 最低限イスラエルがガザから完全に撤退することです。これまでの戦争や紛争の経験から考えても、敵国の軍が自国にいる状態で停戦後の平和構築プロセスを進めることは極めて困難です。銃口を突きつけられている状態なのですから。

 5月に公表された停戦案では、ハマスからの人質解放と引き換えに、第1段階としてイスラエル軍が人口密集地から撤退、第2段階としてガザから完全に撤退するよう盛り込んでいました。その後イスラエルはガザ内部にとどまることができるように要求していますが、停戦合意にあたり完全撤退は外せない条件でしょう。国際社会としてもイスラエルに働きかけるべきです。

 またレバノンのヒズボラも「ガザが停戦するまでは攻撃を続ける」としており、ガザの停戦を実現することは、戦火がエスカレートする一方の中東情勢を収束に向かわせる第一歩にもなり得ます。

アフガンやイラクの教訓

 ――今回の事態にいたった直接の発端は、ハマスによるイスラエル内でのテロ攻撃でした。イスラエルはもう二度と脅威を受けることがないように、ハマスの壊滅を主張しています。このようなイスラエルを説得できるのでしょうか

 ハマスの壊滅とは、何を意味…

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