急速に発達する生成AI(人工知能)は、過去を書き換える力すら持ち始めるかもしれません。中国史の研究家でありながら、デジタル技術を駆使して人文学を研究する「デジタル・ヒューマニティーズ」も活用する名城大の大知(おおち)聖子准教授に、生成AIが歴史に与える脅威について聞きました。
「公正・中立」に見える生成AIの危うさ
――歴史学者として、生成AIの急速な進化をどう見ていますか。
「百害あって一利なし」とまでは言いませんが、わずかな「利」のために「百害」を生みだしている、というのが私の感覚です。
研究者が評価・検証することが前提ですが、情報処理や単純作業など、活用すると歴史学にとって便利な場面も確かにあります。一方で、生成AIがつくる「歴史」によって、現実社会の歴史認識がゆがめられる可能性があるのです。
――どのようにゆがむのでしょうか。
多くの人が、生成AIは「公正・中立」で「客観的」だと感じています。そこに危険性があります。例えば「偽の等価性」の問題です。AIが出してくる答えが、公正・中立を装った、ゆがんだものの場合があるのです。
本来、「専門家の研究成果」と「歴史修正主義者の意見」は、比べようがないもののはずです。しかし生成AIは、両者を多様な意見の一つとして、同じレベルで取り上げてしまいます。
たとえば、特定の史実についてチャットGPTに聞くと、「議論があります」と答えてくることがあります。一見すると歴史学の議論のように読めてしまいます。しかし、中身をよく読むと、専門家の研究と歴史修正主義者の意見を、同列に並べてしまっているんです。
生成AIを「賢い」と信じている人たちは、これが「客観的な答えだ」と信じてしまうでしょう。
ゆがむ歴史観 生まれる憎しみ
――生成AIによる画像や動画のクオリティーも、驚くべきスピードで進化しています。
グーグルなどの検索エンジンで調べ物をしようとして検索すると、生成AIの「答え」が上位に出てくるようになりました。
歴史的な写真や映像などのフェイクも既に生成されているようです。じきに、専門家すら見抜くのに苦労するレベルのものだらけになるでしょう。
例えば、過去の日本の軍事侵略を美化する画像が大量に流布したら、多くの人の考えに影響を与えてしまうのではないかと危惧します。
このような根拠のない「歴史」によって歴史観がゆがめられれば、やがて国民同士が憎しみ合うような状況に陥り、対話すらできなくなってしまうのではないでしょうか。
生成AIをうのみ もはや前近代の「占い」
――歴史の捏造(ねつぞう)や改ざんは有史以来あります。生成AIの何が特別なのでしょうか。
リスクが三つあります。①偽…