ひとり1台のスマホが当たり前になってきました。

 電車の車内を見渡すと老若男女、みなさんスマホに夢中ですね。

 私はよく住民を対象にした「快眠講座」の講師を務めることがあるのですが、その際に印象的なここ数年の変化は、60~80代の方々から「寝る前スマホがやめられない」「特に動画」というご相談を受けることです。

 若い世代だけでなく、特にショート動画にハマってしまう人は多くみられます。

 特に見たいわけでもないのに、引き込まれていく独特の魅力があるのです。

 今回のテーマは「ショート動画で時間が溶けていくのはなぜ」です。

  • 連載「上手に悩むとラクになる」

 注意欠如多動症(ADHD)の主婦リョウさんも、ご多分に漏れずショート動画で時間を溶かしている一人です。

 リョウさんは仕事から疲れて帰宅して、こうつぶやきます。

 リョウ「ああ、今からご飯用意するのきついー。やることたくさんあるし、疲れた」

 そう言いながらも、リョウさんはまず、洗濯物で占領されたソファの隅にどかっと座ります。それからちょっとのつもりで横になって、スマホをいじり始めます。

 最初はSNSをさらっとチェックするつもりだったのです。

 でもたいして面白い記事にたどり着けず、ふと目に入ったショート動画の一つを見始めます。

 気づけば1時間が経過。娘からこう言われました。

 娘「ママー、ごはんまだ? 何見てるのー?」

 リョウ「いや、なんでもないよ」

 娘「どうしてなんでもない動画をずっと見てるの? 見たいやつじゃないんでしょ?」

 リョウ「そうね……それもそうなんだけどさ」

 娘から素朴すぎる疑問をぶつけられると、たしかにそのとおりだと思えました。

 なんでたいして好きでもなく、自分で選んだわけでもない動画を見てしまうのでしょう。

 このショート動画に没頭してしまう原因について、研究でいくつか明らかにされています。

ショート動画をやめられないのには、理由があります=イラスト・中島美鈴

1.脳の報酬系が過剰に活性化する説

 ショート動画には面白い、美しい、ヒヤヒヤするなど、非日常の刺激が溢(あふ)れています。こうした刺激が脳の伝達物質であるドーパミンを過剰に放出させます。

 私たちはドーパミンが出ると興奮し、高揚感や多幸感を得ます。この快感を得ようと、さらに動画を見続けるという依存が形成されやすいと言われています。

 ちなみにギャンブルや薬物への依存もこのメカニズムです。

 リョウさんは思いました。

 リョウ「そうそう、ドラマとか長い動画だと、ぱぱぱっと終わらないでしょ。ショート動画は、すぐ面白い、インパクトがすごい。ハマるのわかる」

 そうなのです。2時間半ぐらいの映画を見るよりもスピーディーにドーパミンを出してくれるショート動画は、タイパ(タイムパフォーマンス)重視の現代の流れに乗って、「待たずに速やかに刺激をくれる王様」なわけです。

2.「たまに大ヒット」が依存を形成する説

 ショート動画の特徴は、一度視聴すると、次々におすすめ動画が自動再生されることです。結果的に、自分が日頃わざわざ検索しないような動画もおすすめされて見てしまいますよね。

 ある動画配給会社によると、その人の好みのジャンルの動画ばかりをおすすめするのではなく、何本かに1本は、あえて違うジャンルのものを入れているそうです。

 また、視聴履歴や登録時の興味関心アンケートによって、あなたの好みをほぼ把握していて、それに応じて「絶対興味を持ちそうな動画」を不規則に配置しているそうです。

 ですから、結果的に「たまにすごい大ヒットの動画がある」という現象が起こるのです。

たまに大ヒット、はずれも…心理学でも古くから

 あなたが動画配給会社ならどうしますか? 広告収入を得るために、どのような動画をおすすめに設定しますか?

 その人の好みの動画ばかりを次々に並べてあげた方が視聴し続けてくれるような気がしませんか?

 実は反対なのです。

 毎回必ず面白い動画をおすすめし続けるより、たまに大ヒット、でもハズレもあるし、その大ヒットのタイミングが読めないという不規則なスケジュールが、最も依存性を形成しやすいことがわかっているのです。

 まるで、いつもデートに応じてくれる異性より、たまに気まぐれにデートしたりしなかったりする異性をより追いかけてしまう心理と似ています。メカニズムはまるで同じです。ギャンブルもそうです。

 心理学では古くから、どのようなタイミングでご褒美をあげると、相手から引き出す行動が多くなるのかについて研究が重ねられてきました。

 今回のたまに大ヒット、かつ変則的なタイミングでそれがやってくるというのは「変動比率強化スケジュール(Variable-ratio Schedule: VR)」と呼ばれます。ある行動を、やめにくくする手法なのです。

 リョウさんは確信しました。

 リョウ「そうそうそう! だってたまにやばい動画あるんだもん。だからハマる」

3.脳の疲労によるブレーキ機能の低下説

 ショート動画を見続けるのも疲れるものです。特に寝る前、暗がりの中でスマホを近距離で凝視し続けることの健康被害については、近年指摘されていますね。

 当然寝る前に次々に刺激を与えられるのですから、脳も疲労します。そして前頭前野の抑制機能(もうやめようというブレーキ機能)が低下し、動画視聴をやめることができずだらだら見てしまうというものです。

 リョウ「そうそうそうそう! 動画見てるとさ、もうやめどきがわからん!ってなるなる」

 激しくうなずくリョウさんです。

 こんなふうにショート動画にハマるメカニズムがわかって腑(ふ)に落ちれば、依存から抜け出すのも少し楽になりますよ。

 リョウ「ショート動画は確かに魅力的だけど、依存させようさせようという策略にまんまとハマって消費させられていたってわけか」

 そうなのです。

 私たちは興じるだけでなく、いつのまにか消費者として利用されていたのです! ちょっと大げさでしょうか。

 でも、不毛な時間を費やすのを止めるためにはこのぐらいの表現を自分に使いたいものです。

 だって、別にあなたが選択して希望して見た動画ではないのです。

 限りある人生の時間を、こんな受け身のまま選択していないことに費やすのはもったいないですよね。

自分がやりたいことに時間を使おう

 まず、対策として最初に心に留めておいていただきたいのは、「依存の王様、ショート動画に抗(あらが)うのはあきらめて」ということです。

 つまり「ちょっとだけ見て、やめておこう」というのは幻想に近い対処策なのです。

 アプリを消す、そもそも夕方のような今からやるべきことがてんこもりの時間帯に見始めない、もう一切見ないと決意してしまうなどの「見始める時間を再考する」もしくは「見ない決心」をしてしまうことをおすすめします。

 世界的な企業が社運をかけて人手とお金を注ぎ込み、あの手この手で抜け出せないようにしようとして作成した動画。私たちの夕方以降の疲労しきった脳はいとも簡単にハイジャックされてしまいます。

 そんな企業の利益を生むための一消費者になるより、あなたが主役の人生のために時間を使いましょう!

〈引用文献〉

※1 Chiossi,F.,Haliburton,L.,Ou,C.,Butz,A.M.,&Schmidt.,A.(2023). Short-form videos degrade our capacity to retain intentions:Effect of context switching on prospective memory.In Proceedings of the 2023 CHI Conference on Human Factors in Computing Systems(CHI’23).ACM. http://dx.doi.org/10.1145/3544548.3580778

※2 Ferster, C. B., & Skinner, B. F. (1957). Schedules of reinforcement. Appleton-Century-Crofts.

※3 He, Q., Turel, O., & Bechara, A. (2017). Brain anatomy alterations associated with Social Networking Site (SNS) addiction. Scientific Reports, 7, 45064. https://doi.org/10.1038/srep45064

    ◇

このコラムの著者がダラダラ習慣のやめ方に関する本を書いています。

「脱ダラダラ習慣! 1日3分やめるノート」(中島美鈴著、すばる舎)

https://www.subarusya.jp/book/b617440.html

〈臨床心理士・中島美鈴〉

 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。

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