人の世に悩みはつきもの。占いやおまじないにすがったり、パワースポットに行って癒やされたくなったりすることもある。宗教学では、こうした多種多様な営みを「スピリチュアリティー(宗教性・霊性)」と呼ぶ。一定の癒やしの効能を認めるべきか、それとも疑ってかかるべきか。そもそも宗教とは違うのか。宗教社会学者の弓山達也さん(62)に聞いた。
根強い関心、その理由は
――オウム真理教による地下鉄サリン事件から今年で30年。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に解散命令が出るなど新興宗教への警戒感もある中、人々の「スピリチュアルな営み」への関心は根強いと感じます。なぜでしょうか。
スピリチュアリティーは「宗教性・霊性」と訳され、宗教未満の幅広い行為を含む概念です。近年は「パワースポット」と呼ばれる場所を訪れる聖地巡礼が人気となり、アイドルやアニメのキャラクターを神聖視する「推し活」へも関心が広がっています。
聖地巡礼や推し活の担い手は女性が多く、幅広い世代に広がっています。恋愛や結婚、出産育児などに伴う心身の悩みを抱えやすく、スピリチュアリティーへと関心が向かう。必ずしも否定すべきではない営みです。
――パワースポットや聖地というと具体的には?
国内では伊勢神宮(三重県)、熱海・来宮(きのみや)神社(静岡県)などの神社や富士山、那智の滝(和歌山県)、巨木や巨石といった景勝地を訪れ、心身の健康回復や運気の向上を願う。海外なら米国のセドナや豪州のエアーズロックが代表例です。宗教や自然の「聖地」から転じて、アニメや漫画などサブカルチャーの舞台を訪れる「聖地巡礼」が盛んになり、まちおこしの目玉にもなっています。
癒やしを求めて
――神道や仏教の根っこにある自然崇拝や祖霊信仰と、スピリチュアリティーは根が同じなのでしょうか。
人知を超えた大いなるものを自然のなかに見いだす。人はなぜ生まれ、死ぬのかという答えのない問いと向き合う。人間の尊厳や存在意義を問い直し、自らの内面を掘り下げる。既存の宗教も長年、精神と物質の二元論を超えた精神性や霊性を追い求めてきました。ただ、こうした営みは宗教にとどまらない広がりを持っています。
例えば、終末期の医療や介護の現場ではケアする側、される側を問わず、誰もが死に直面し、生きる意味を考えざるを得ない。目の前の苦しみに対し、生活の質を高める癒やしが求められます。
また、人生の悩みとも密接な…