現場へ! 朝鮮通信使にかける夢(5)
横浜市内の劇場で7月、韓国の舞踊劇「舞、朝鮮通信使 柳馬図(ユマド)を描く」が日本初演された。国交正常化60周年を祝い韓国国立釜山国楽院が公演した。
原作は、朝鮮通信使に加わった無名の画家を描いた小説「柳馬図」。歴史家で作家の姜南周(カンナムジュ)が書いた。
「柳の下にいる馬を描いた彼の絵は、彼が行ったことのない高松市の法然寺で偶然見つかった。なぜなのか。寺まで行って調査しましたよ」
5月に釜山で記者と会った際、姜は執筆の経緯を楽しそうに振り返った。
姜は、釜慶(プギョン)大総長や釜山文化財団代表理事を務めた文化人で、日本側の「朝鮮通信使縁地連絡協議会」(縁地連)とともに長年、通信使の再興や研究に関わった。「朝鮮通信使に関する記録」が2017年にユネスコ「世界の記憶」に登録された際には、韓国側で中心的な役割を務めた。
「枝葉ではなく幹を見ていた」
政府を通さない申請だったが、日本側で交渉に関わった対馬博物館館長(長崎県)の町田一仁(69)には当初、韓国側の学者らは日本に屈しないという立場を背負っているように見受けられた。「自分たちが知日派ではなく、親日派とのレッテルを貼られかねないとの思いがあったのでしょう」
韓国で「親日派(チニルパ)…