戦後80年の夏、東京・竹橋の東京国立近代美術館では、戦時中に軍からの依頼で描かれたものを中心とした「戦争記録画」を20点以上集めた大規模展が開かれている。一方でチラシやカタログは制作されず、広報は限定的で、静かな環境での鑑賞が意図されている。

 荒れ狂う海原の上空を戦闘機が舞い飛び、激しい水しぶきと煙が上がる。米軍艦隊に特攻機が突入するさまを描いた宮本三郎「萬朶(ばんだ)隊比島沖に奮戦す」(1945年)は、19世紀のロマン主義絵画のような崇高さすら感じさせる。その隣には、これから特攻に向け飛び立つ戦闘機の群れが並ぶ伊原宇三郎「特攻隊内地基地を進発す(一)」(44年)が掛かる。機体の日の丸が、やけに鮮やかだ。

「神話の生成」の章には、ともに東京国立近代美術館蔵・無期限貸与の宮本三郎「萬朶隊比島沖に奮戦す」(1945年、右)と伊原宇三郎「特攻隊内地基地を進発す(一)」(44年)が並ぶ

 同館は、戦意高揚や記録を目的として描かれた戦争記録画153点を収蔵している。開催中の「記録をひらく 記憶をつむぐ」展には、このうち前述の2点を含む延べ24点が出品され、現在は23点が展示されている。戦争記録画の出品点数としてはこれまでで最も多い。

 展示はこの23点を取り囲むように、関連する美術作品や、当時の雑誌、新聞などの資料を配し、当時の時代背景や、文化、メディア状況を丁寧に解説している。

 章だても、「アジアへの/からのまなざし」「戦場のスペクタクル」「神話の生成」といった現代的な視点を感じさせるものになっていて、戦後美術も多く展示。プロパガンダか芸術かという二項対立になりそうな表現と、冷静に向き合っている。

「神話の生成」の章で、新聞記事とともに展示されている藤田嗣治「アッツ島玉砕」(1943年、東京国立近代美術館蔵・無期限貸与)

 この展覧会を発案した、同館の鈴木勝雄・企画課長は「戦後80年、戦争体験者が減ってゆく状況で、戦争記録画を持つ美術館として、今ここでやっておくべきだと考えた」と話す。

 藤田嗣治や宮本三郎、小磯良平らの画家が従軍経験などをもとに描いた戦争記録画を巡っては、曲折の歴史がある。

 戦時中は各地で戦争美術展が…

共有
Exit mobile version