能登半島は1月の地震に襲われる前、国の特別天然記念物トキの放鳥を目指して動き始めていた。エサ場となる田んぼは被災。地域の甚大な被害を前に、トキの話をしづらい空気もある。それでも、「やってきたことをゼロにしたくない」と再び立ち上がる人たちがいる。
石川県珠洲市の一角。粟津地区に広がる約30ヘクタールの田んぼは、トキの受け入れに向けて県などが整備する12カ所の一つだ。
地震で田んぼに土砂が流れ込み、水を供給するパイプラインは破損。4月初め、農作業をしている人はほとんどいなかった。
「いつもなら、あら起こしをしている時期だけど……」。粟津村おこし推進協議会代表の干谷(ほしや)健一さん(57)はつぶやく。
田んぼの前にトキの写真を掲げた看板がある。飛来したトキを市議の菊谷(きくや)正好さん(74)が撮影した。「トキのために農薬を減らしたり、魚道をつくったりして15年近くになる。トキは観光の目玉になる。やってきたことをゼロにしたくない」
一時は絶滅寸前まで減ったトキは1999年以降、新潟県の佐渡島に中国から来たつがいから繁殖し、推定532羽が日本の自然界で暮らす。
石川県や富山県にも飛来例はあるが、放鳥自体は佐渡島のみで行われている。環境省は意欲のある自治体を募り、2022年、石川県と能登地域9市町、島根県出雲市を放鳥の候補地に選定。実現すれば本州初になる。
石川県は「早ければ26年度の放鳥」を目指し、23年度に「トキ共生推進室」を新設。約1億円かけてエサ場を確保し、シンポジウムも開催。今年度は施策を「加速させる年」と位置づけていた。
そんな矢先の大地震。県の担当者はトキの放鳥について「被災者の意向や田んぼの状況を確認するのは難しい」と話す。
地元はあきらめていない。粟津村おこし推進協の干谷さんは「まずは米作りを続けること」。3月末、仲間と水田約2ヘクタールを使えるようにした。珠洲市自然共生室の担当者は「農業あってのトキ。ありがたい」と言う。
県は3月、復興計画の骨子案に「トキ放鳥」を盛り込んだ。「能登ブランドの価値を高め、復興にもつながる」と担当者。取り組みは徐々に再開される見通しだ。
「本州最後のトキ」
能登半島はもともと、トキとのゆかりが深い。
石川県穴水町では1970年…