トランプ大統領は、王のような存在になるべきだ――。
米国ではいま、民主主義を根幹から覆す考え方が一部の知識人の間で真面目に語られている。
その核心にいるのが、カーティス・ヤービン氏という人物だ。
ソフトウェアエンジニアでもあるヤービン氏は1970年代に生まれ、2000年代から「孟子(メンシャス)」のペンネームで「暗黒啓蒙(けいもう)」「新反動主義」と呼ばれる思想を展開していた。もとは無名のブロガーだったが、トランプ氏の影響力が増すとともに急速に存在感を高めている。
昨年来、大手メディアも軒並み特集を組み、「(トランプ政権の政治運動)MAGA(マガ)の宮廷哲学者」(ニューヨーク・タイムズ)、「トランプが王であるべきだと考える男」(ニューヨーカー)などと大々的に報じている。
民主主義そのものを否定
ヤービン氏がなぜ注目を集めるようになったのか、少し背景を説明したい。
トランプ氏の台頭はもともと、製造業の衰退にともなって「エリート主義」や「グローバリズム」への不満を募らせた白人労働者階級に支えられてきた。福音派と呼ばれるキリスト教徒など、宗教保守からの支持も厚い。
だが第2次政権を迎え、支持層にも変化が生じている。その象徴が起業家イーロン・マスク氏のような「テック右派」や「新右翼」などと呼ばれる勢力だ。労働者階級とは正反対とも思えるシリコンバレーの億万長者たちが、昨年の大統領選ではトランプ支持に回り、復権の原動力となった。
ヤービン氏は、そんな新勢力に影響を与える代表的な思想家だと位置づけられている。
米国の民主主義は「失敗だった」と否定し、一人のリーダーが企業の最高経営責任者(CEO)のように運営する「君主制」に置き換えるべきだと訴える。
荒唐無稽にも聞こえる主張でありながら、無視できない存在となってきているのは、トランプ政権中枢にいるキーパーソンとも交流を持ち、周辺の知識層にも影響力を持ち始めているためだ。
一躍注目を浴びるようになったヤービン氏とは何者なのか。朝日新聞との3時間半にわたるインタビューをお届けする。
あふれ出す「うんちく」の洪水
リベラル色の強い米西海岸のバークリーは、1960年代に学生運動の中心になった大学都市だ。6月、住宅街にある一軒家の扉をノックすると少年が招き入れてくれ、そのまま玄関で待った。
十数分後、眼光の鋭い人物が姿を現した。ヤービン氏だ。唐突に「この本を手に入れた」と見せてきたのは、戦前に出版された「日本外交史」という英語の古書。博覧強記ぶりがうかがわれた。
玄関にはヤービン氏の近著が…