土地取引を巡る詐欺集団を描いた、ネットフリックスのドラマ「地面師たち」では、不動産取引に立ち会って本人確認をする国家資格の司法書士が登場します。登記や取引のシーンについて監修を担当した司法書士、長田修和(のぶかず)さん(57)に、こだわった点など舞台裏について聞きました。
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――監修に関わった経緯は
2017年に積水ハウスの地面師事件が起きた後、不動産経済研究所の依頼で、地面師に関して講演をする機会があった。そこに来ていた、作家の新庄耕さんが執筆した小説版の「地面師たち」(19年)の監修をすることになったのがきっかけ。
――ドラマの監修はどのように
制作側からは「リアリティーにこだわりたい、ディテールが欲しい」という要望があった。実際に監修で関わったのは23年2月ごろ~9月ごろ。対面だけで9回打ち合わせがあり、1回あたり3~4時間。撮影同行も4回あった。メールも100回以上やりとりがあり、約100項目の質問項目を受け取ったこともあった。
契約関係書類一つとっても、ドラマの設定である20年当時の書式に合わせたいという要望があり、当時の証明書類を集めた。行政の印鑑証明書などのデザインも年代によって微妙に異なるため、忠実に再現した。固定資産税の納税通知書に記載された土地は架空だが、土地の評価内容もよく検討した。
撮影が始まると、日程や脚本の変更があり、そのたびにチェックした。スタッフさんを含め、そもそも複雑な不動産取引の仕組みをどうわかってもらうのか、地面師事件のキモとも言える本人確認シーンをどう可視化するか、という視点で考えた。
ピエール瀧さん演じる高圧的な地面師は「実話」
――特にこだわったシーンは
第1話で、もともと台本になかったやりとりを入れてもらった。例えば、免許証の裏を若手司法書士がペンライトで照らして確認するシーンも地味な本人確認を映像で印象づけられると思った。
ほかには、若手司法書士が、ピエール瀧さん演じる、地面師グループの中心メンバー・後藤義雄から高圧的に取引をせかされるシーン。司法書士は「取引の安全性を担保するのが私の仕事です。こっちもプライドを持ってやっているんです」と対抗する。
司法書士の心を折って、本人確認をやりにくくしてくることは実際にある。実際、私も新人のころに似たような体験をした。けちょんけちょんに言われるけど、心の中にはプライドがあったし、司法書士という資格をかけている。悪が勝つドラマだが、司法書士が対抗する場面を入れたいと私が監督さんにお願いした。
業務上の過失などで損害賠償請求をされた場合に備える「司法書士賠償責任保険」にも限度額がある。地面師を見抜けなかった場合、限度額を超えた分は自腹になることもある。だから高額の取引には恐怖を感じるし、本当に資格をかける気持ちで立ち会っている。
重ねた質問 はがれた「化けの皮」
――ドラマでは、司法書士が運転免許証の裏からライトをあてて確認したり、売り主側に干支(えと)や生年月日を聞いたりしていた。売買代金が高額な場合の実際の本人確認の方法は
模倣犯が出るので詳しいことは明かせないが、ドラマにあるように自分の家の写真を選ばせるなど、本人だったら当然知っていることを聞いたり、持っている書類について聞いたりする。
免許証などの書類を見て目の前の人物の本人性を確かめるが、書類は偽造されることを前提として確認をしている。経験としか言いようがないが、質問を重ねると化けの皮がはがれたり、相手から怪しい取引を断られたりするものだ。
――実際になりすましや偽造を見抜いた事例はあるか
まず、だまされていたら司法書士会から懲戒処分を受けたり、メンタルがやられたり、民事訴訟で訴えられたりしていて、この場にはいないだろう。ただ、24年間も司法書士をすると、怪しいと思ったり、巻き込まれそうになったりしたことはある。どれも共通していたのは、明日とかあさってとか、取引を焦っていた点だ。
怪しい土地売買に関係した依頼があり、ブローカーに売り主の資料が欲しいと伝えると、かつての権利証にかわる登記識別情報が売り主からファクスで届いた。大切に保管されているはずなのに、表紙もなく汚れていて違和感があった。
また、登記したばかりの個人の売り主がすぐ売りたいという点も気になった。売り主とされる人物に電話をしてもらうと、取引は、「悪い筋」からの借金を返済することが目的だという。
売りたい土地は親からの贈与だというので、親に会いたいと求めると「重度の認知症で施設にいるので会えない」と。そもそも贈与が成立するのか不審に思い、さらに聞くと、依頼しないと連絡があった。
日々の数え切れない不動産取引 インフラ支える司法書士
――不動産取引における司法書士の存在とは
司法書士の仕事は、不動産登記で言えば、登記によって不動産取引の基本になる公簿を整えること。信頼できる基本的なインフラを構築しているとも言える。もし登記が信頼できないと、取引のたびに探偵を雇うなどして膨大なコストがかかる。
特に代金決済では、司法書士が本人性や書類などを確認してゴーサインを出すことで大金が動き、登記がなされる。司法書士の存在なく大量かつ円滑な取引はできない。
日々数え切れないほどの不動産取引が行われているが、そのほとんどに司法書士が関わっている。不動産が動けば、建設や家具、家電、木材などの素材産業、運送業界なども動く。その裾野が広く、大げさに言えば日本経済を縁の下で支えているという気持ちがある。(小寺陽一郎)