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高知みらい科学館で展示されているハチの剝製=2025年2月28日午後0時11分、高知市追手筋2丁目、亀岡龍太撮影
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 第2次世界大戦中、東京・上野動物園の動物たちは戦意高揚のために利用された。しかし、戦局が悪化すると、爆撃などで逃げ出す恐れがあるとして毒殺されてしまう。そんな動物たちの悲劇を伝える銅像が、戦後80年の今夏、高知市に建てられる。

 モデルになるのは「ハチ」と呼ばれた中国生まれの雄ヒョウ。高知とのつながりには一人の男性の存在があった。

 日中戦争が始まって3年半が過ぎた1941(昭和16)年2月、生後まもないハチは、内陸部の湖北省を侵攻していた日本軍兵士に捕らえられた。高知市出身の歩兵第236連隊の小隊長、成岡正久さん(故人)だった。

 成岡さんが戦後に著した「豹(ひょう)と兵隊―野生に勝った愛情の奇跡―」(絶版)によると、ハチは成岡さんの部屋で寝起きした。兵士とレスリングのような取っ組み合いをしたり、樹上や2階から飛び降りたりして部隊のマスコット的な存在だった。当初は猫ほどの大きさだったが、好物の豚肉を与えられ、体長1・7メートルになった。

 それが部隊の転戦で上野動物園に引き取られたことで運命が変わる。

 ハチは戦時下のスローガンだった「八紘一宇(はっこういちう)」から「八紘」と改名。新聞で「戦線の兵隊さんからの贈り物」と報じられ、子どもらの人気を博した。

「兵隊さんからの贈り物」が一転

 ところが1年余りが過ぎた4…

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