世界で最も知られるミステリー文学賞の一つ、英ダガー賞の翻訳部門に王谷晶(おうたにあきら)さんの「ババヤガの夜」(英題「The Night of Baba Yaga」、サム・ベットさん訳)が日本の作品として初めて選ばれた。評価の理由はどこにあったのか、国際文学賞事情にくわしい翻訳家の鴻巣友季子さんに読み解いてもらった。
- 私も力が強かったら 王谷晶さんが「ババヤガの夜」でかなえた願い
――今年のダガー賞翻訳部門の最終候補は6作中2作が日本作品。主催者によると、柚木麻子さんの「BUTTER」(ポリー・バートンさん英訳)を小差で抑えての受賞だったそうです。
「ババヤガの夜」は受賞作としては異色といっていいと思います。ダガー賞もその翻訳部門もミステリーの賞ですが、事件の謎解きに重点を置いた作品ばかりが選ばれるわけではありません。ノワール(犯罪小説)だったり、社会派サスペンスだったり、多種多様な作品が選ばれてきました。とはいえ、なんらかの事件が起きて、警察や検察が登場したり、事件捜査が進んだりする作品が多かった。ところが、「ババヤガの夜」は完全にバイオレンスアクションなんですね。
この作品は5月にイギリスのミステリー文学フェスティバル「クライムフェスト」が主催するスペクセイバーズ犯罪小説新人賞を受賞しています。その審査員らが「まるでマンガのようだ」と言っていたのが印象的でした。日本のヤクザ社会を荒々しく描いていて、暴力描写が熾烈(しれつ)なんだけれど、小説に出てくるはみ出し者たちの深い人間性を際立たせるために、マンガのような激しい暴力描写を使っているのではないかと言っていた。
一方で、暴力を愛する腕っぷ…