日本は第2次世界大戦中、広大な太平洋の島々に侵攻した。米軍との激戦の末に、日米両軍や一部の住民に多くの犠牲者が出た。戦後80年が経ち、静かに朽ちていこうとしている各地の戦跡を、写真とともに紹介する。
- 故郷を破壊した米国、その金が生活の支え 核廃絶と安保のはざまの島
米軍は太平洋で、戦略上重要と思われる島伝いに西進する作戦(アイランド・ホッピング)を採った。
日本本土を空襲するため、米軍は、日本が「絶対国防圏」とした北マリアナ諸島のテニアンやサイパンなどを1944年6月から攻撃。テニアンの飛行場からは、45年8月に広島・長崎へ原爆を投下したB29爆撃機も飛び立った。米軍はサイパンやグアムにも侵攻。サイパンでは日本軍が玉砕し、多くの民間人が追い詰められて自決した。
米軍は西太平洋パラオのペリ…