ADHDの方がよくおっしゃる困りごとのひとつに、忘れ物やなくし物が多いことがあります。この問題を解決するために持ち物リストを作ったり、物の「住所」を決めたり、整理整頓をしたりすることは大切です。しかしそれだけではなかなか減らせないのも事実です。
- 連載「上手に悩むとラクになる」
忘れ物やなくし物を減らすために、こうした自助努力に加えて、バッグの側が進化してADHDの特性をカバーしてくれれば助かるのではないか? こんな発想に基づいて、今回はADHDとバッグについて考察してみます。
2024年に筆者らは、バッグに関するお困りごとについてアンケートを行い、インターネット上で600人以上のADHDの方にご回答いただきました。この図は、寄せられた主な困りごとを、ADHDの子どもを対象にした神経心理学研究の知見に基づいて解説したものです。
ひとつずつ見ていきましょう。
リュックのファスナー閉め忘れ
たまに街で見かけますね。リュックのメインポケットや小さなポケットが開いたまま歩いている人です。背中側だから本人は気づいていませんが、ヒヤヒヤしますね。ADHDの方からの回答で、これは非常に多くて驚きました。
なぜリュックのファスナー閉め忘れ現象が起こるのか考えてみました。リュックのポケットにスマホが入っていたとします。帰宅後、リュックを下ろして、ふと、「メール来てないかな」とスマホを取り出したくなったとします。この時、きっと、ファスナーを開けるまでは「中のスマホを取り出してメールを見たい!」という欲求がありますからファスナーは進んで開けるでしょう。
しかし、いったんスマホを手にすると、一刻も早くメールチェックをしたいわけですから、ファスナーを閉めるなんてモタモタはしたくないわけです。その結果、ファスナーは放置され、開いたままなのでしょう。
このプロセスで、「ファスナーを閉める」という地味な作業より、「早くメールチェックしたい!」というより魅力的な作業に飛びついてしまう衝動性が浮かび上がります。
本当なら、メールチェックしたい衝動にブレーキをかけて、いったんファスナーを閉めることができればいいのです。この、衝動にブレーキをかける力が弱い傾向は、ADHDの子どもでは顕著に見られます。
これを抑制制御障害と言います。この抑制制御障害で説明がつくのが次の困りごとです。
とりあえずバッグの中に放り込むので、バッグの中で探し物ばかり
バッグの中に収納する時に、いつも「ここには財布、ここにはスマホ」と物の住所を決めて、その場所に収納していれば、バッグの中で探し物に追われないはずです。しかし場所を決めずに、放り込むことを繰り返しているので、コンビニのレジで「あれ? 財布はどこだっけ」「スマホはどこ」とすべてのポケットに手をつっこんで大慌てする羽目になるようです。
ここでも「物を定位置に収納する」ことよりも、なんらかの魅力的なことが他にあって飛びつきたいので、ひとまず「物をバッグに放り込む」ことの方が優先されているのでしょう。
いちいちバッグの中身を入れ替えないのでいつも荷物が多い
仕事とプライベート、よそ行きと近所への散歩などでバッグを替える人は多いのではないでしょうか。しかし、正直バッグの入れ替えは面倒でもありますね。時間も労力もかかるので「面倒だな、もういつものバッグでいいや」となるわけです。
このちょっと面倒な作業の多くは、たいていいくつかの工程があってすぐには終わらないものだったりしませんか? ものの数秒で終わることなら私たちは面倒だと感じませんが、わざわざ別のバッグを取り出してきて、いつものバッグから必要な物を取り出して入れて、また帰ってきたらいつものバッグに入れ替えるという一連の手間を思うと「やだな」と感じるものです。
このように、バッグを入れ替えることで得られるメリットまでに時間がかかりすぎると一気に面倒臭さが増してやりたくなくなる傾向が顕著であり、これを報酬遅延障害といいます。
いちいち元の場所に戻すことより目の前のことで精一杯(せいいっぱい)
ADHDの方の意思決定には、目先の利益を重視しすぎる傾向があるそうです。コンビニのレジの長い列で、やっと自分の番が回ってきて、バッグの中から財布を取り出して、支払い終わった時のことを想像してください。自分の後ろのお客がすぐにレジにきますから、私たちは慌てて購入した商品を受け取って、適当に財布はそのレジ袋にでも突っ込んでその場を離れるかもしれません。
このように、使った物をバッグの元の場所に戻すよりも目の前のことに対応するのに精一杯で、適当になってしまうのです。これも「早く次の人にレジを譲らねば」という短期的な利益を重視し、「ちゃんと元の場所に戻していれば、財布がなくならない」という長期的な利益は軽視されているのです。
液体が漏れるなど汚れているけど洗うのは先延ばし
水筒やペットボトルに液体が入っているのに、きちんとふたを閉めないまま、バッグに入れてしまって、走っているうちに漏れ出て、バッグが水浸しという回答が目立ちました。そうしてバッグが汚れてしまった時に、すぐに洗ってまた使えるようにするとダメージは最小限でしょう。しかし、面倒なので先延ばししがちです。
とにかく重くて肩や腰が痛くて疲れる
ADHDの方に共通して多かった回答は、「とにかく重い」ので「丈夫なリュックをお願い」という要望でした。きっとたくさんの物を日々詰め込んでいらっしゃるのでしょう。日々不要な物をリュックから取り出す作業をしていれば、ずいぶん軽くなるのでしょうけれど、そうした地味な作業よりも、目先のもっと魅力的な作業(スマホやゲームなど)に夢中である人が多くいます。これも意思決定障害といえるでしょう。
過去の忘れ物体験から必要以上の持ち物がないと不安
「リュック重すぎ」問題を受けて、一体何をバッグに入れているのだろうとアンケートしてみました。すると驚いたのが、「避難用グッズ」「着替え」「懐中電灯」などの、ごくまれにしか使わない物も含めて、大量の「もしも」に備えた物を多く詰め込んでいる人がいることでした。
過去に忘れ物をして叱られたり、大変な目に遭った経験から不安で手放せなくなったというご意見もありました。ADHDの特性そのものというより、元来そそっかしくて忘れ物をしやすい性質に加えて、その結果ひどい目にあった経験からくる不安ですから、二次的な問題といえます。
いつもギリギリで走るので中身が飛び出る
ADHDの子どもは、そうでない子どもに比べて、時間の過ぎていく感覚が不正確であることがわかっていて、これを時間処理障害と言います。
たとえば、「あと10分で出ないと間に合わない」という時に、その10分間がうまく使えないと、「10分あるからネットニュースを見てたんだけど、あれ、もう20分たった? まずい、走らないと間に合わない!」と悲惨な朝を迎えることになります。駅まで大急ぎで走るのが日常で、これまでほとんど歩いて通勤したことがないというお声もたくさんいただきました。
どこに何を入れたか忘れてしまう
ADHDの特性に、忘れっぽいというものがあります。特に引き出しの中に入れておいたら、目につかなくて、そのものの存在自体忘れてしまっていたという話はよく聞きます。ワーキングメモリーの問題です。見えないものはないのと同じなのです。
ゴミが発掘される
同じくワーキングメモリーの問題から、外出先でバナナを食べて、バナナの皮をすぐに捨てたかったのに近くにゴミ箱がないので、一時保管のつもりでとりあえずリュックに入れておいたら、バッグの中が異臭に包まれたといったことが起こり得るのです。見えていないので、ゴミの存在自体を忘れてしまったのです。
出し忘れた書類も発掘される
同様に、出そうと思っていたはがきや封書、提出書類に、振込用紙も、バッグの目につかない場所に収納してしまうと、そのまま忘れられてしまうわけです。
バッグの中で目的の物を見つけられない
ADHDの方のバッグにたくさんの物があふれていることは述べてきたとおりですが、このようにたくさんの物の中から、目的の物を見つけ出すには、注意を持続させながら、多くの刺激から所定の物を区別し続けて、探すという能力が必要です。ADHDの方は、この注意を持続させることや、注意をうまく配分することも、苦手であることがわかっています。これは注意の変動性と呼ばれます。
いかがでしたか? こうして解説してみると、ADHDの方の生きづらさがおわかりいただけたことでしょう。しかしこうして生きづらさを描写するためだけにこのコラムを書いたわけではありません。これらの特徴に応じた効果的な対処があるのです。このコラムは次回に続きます。
〈臨床心理士・中島美鈴〉
1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。
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このコラムの著者がADHDバッグを監修しました。詳しくはこちらから(https://kabag.jp/pages/adhd?ref=nak)