朝日新聞のインタビュ―に応じるペルーのフジモリ大統領(当時)=1993年6月、東京都内

 南米ペルーで日系人初の大統領になったアルベルト・フジモリ氏が11日、死去した。86歳だった。貧困対策や治安改善で成果を出したとして今も根強い人気を得る一方で、人権侵害を繰り返したり民主主義を軽視したりする姿勢への反発も強く、国内では評価が二分している。日本との関わりが深く、日本の国政選挙に出たこともある。

 フジモリ氏の長女で政党党首のケイコ氏は11日夜、自身のX(旧ツイッター)に「長いがんとの闘いの末、私たちの父が旅立ちました。お父さん本当にありがとう!」と投稿した。地元メディアによると、フジモリ氏は数日前から体調を悪化させていたという。

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 フジモリ氏は1938年7月、ペルーの首都リマで生まれた日系2世で、両親は熊本県出身だった。日本名は謙也。国立農科大を首席で卒業し、米国に留学後に母校で教授になった。学長も務め、90年の大統領選に立候補し大差で当選。2000年まで務めた。

 7千%超あったハイパーインフレの解決や、教育制度、インフラを整備した実績と同様に誇ったのが、治安対策だった。

 ペルーでは80年代から90…

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