城アラキさんの妻、淳子さんの若いころ。夫の目には「いつも冷静で感情を表さず、おっとりとほほ笑む皮肉屋」と映っていた=城さん提供
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それぞれの最終楽章 最愛の妻の死(5)

漫画原作者 城アラキさん

 「食事付き1万円なら、個室の病室より安いくらいね」

 浜松市のホスピス病棟を見学中の淳子さんがはしゃいで言ったのは、2010年3月。こんな局面で損得の話を持ち出す淳子さんの真意がわからず、僕はムッとした。

 1月に膵臓(すいぞう)がんの末期と宣告された淳子さんは、僕とともに都内の自宅を離れて八ケ岳の別荘で1カ月ほど過ごした後、浜松にある自分の実家へ戻った。もちろん僕も一緒だ。在宅療養にあたって近くの病院へ転院の手続きをし、検査入院をした。主治医は院内に併設されたホスピスを案内してくれると同時に、「順番待ちの人が大勢いるので一応リストだけでも登録を」と勧めてきた。

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 そこは清潔な上に無機質で、ホテルのような空間だった。だが、僕は「あるもの」が目にとまった瞬間ドキッとし、心臓の鼓動が速まった。

 それは壁についた小さな小さ…

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