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コスズさんからアリさんへの1通目

米軍が広島、長崎に原爆を投下してから、もうすぐ80年。両方の原爆投下機に搭乗した米兵の孫と、両方で原爆に遭った「二重被爆者」の孫が出会い、友情を築いています。2人に折々の国際情勢に触れながら手紙を交わしてもらう企画を始めます。1通目は二重被爆者の孫・コスズさんからです。

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 長崎で9月、1年ぶりにアリと再会しました。今回の滞在はどうでしたか。

 被爆4世の息子が通う長崎南山高校で一緒に講演した際、生徒たちからアリに質問がありました。

 「(おじいさまが)原爆を投下した国へ来ることは、怖くなかったのですか」

 「日本が米国の『核の傘』の下にいることをどう思いますか」

 隣にいた私は、もし逆の立場であれば答えることが出来るだろうか、アリは日本に来るたびにこういうことを何度も聞かれているのだろうかと、複雑な気持ちでした。

 原爆を投下した側と、された側。祖父たちの戦いが、私たちの世代まで続いていることを再確認しました。そして、昨年の8月9日午前11時2分(長崎原爆投下時刻)に、長崎を訪れたアリと、私、被爆4世の息子の3人で手をつなぎ、核廃絶への祈りを発信したことを思い出しました。

 今年8月9日、被爆79年の長崎平和祈念式典は大騒ぎでした。イスラエルを長崎市が招待しなかったことに反発して、イスラエルとの関係が深い米国、英国、フランスといった核保有国の駐日大使らが式典をボイコットしました。

 私たち被爆者家族にとって、原子爆弾を人間に2度も使用した米国の大使が式典に参加しない理由が全く理解できません。式典に参加することは、犠牲者への祈りと共に、戦争・核兵器のない世界を誓い、ヒロシマ・ナガサキを繰り返さないことを証明する場です。式典の場であの日に思いをはせ、原爆の犠牲者へ祈りを捧げるからこそ意味があるのです。

 来年の被爆80年、長崎平和祈念式典に米英仏の大使らは参加するのでしょうか。改めて世界から注目されるでしょう。

 世界は分断され続けています。パレスチナ自治区ガザを拠点とするハマスの奇襲を受けたイスラエルが戦闘を始めてから10月7日で1年。今でもガザ地区は戦火の影響を強く受け、人々の日常生活に多大な困難をもたらしています。住宅や避難所になる病院、学校がイスラエル軍に破壊され、食料も不足し、子どもたちは目の前で肉親が亡くなる姿に直面しながら孤児にならざるを得ない。イスラエルの閣僚は、ガザ地区への核兵器使用を促す発言もしました。地獄のような現実をニュースで見聞きすると、79年前に広島と長崎に原爆が投下された惨状と重なります。

 祖父は、こう書き残しています。

 《救護するにも設備が無い。仮の医療施設にどんどん負傷者は運ばれても、そのそばから死んでいく。薬もない。「水ヲクダサイ」「助ケテクダサイ」と呻(うめ)くのをただ見ているほかない。見殺しにするほかなかった。》(山口彊「ヒロシマ・ナガサキ 二重被爆」)

 戦争が人間にもたらすものは悲劇しかない。祖父がこの状況を知れば、戦争がまた繰り返され、歴史に学ぶことなく生きている、この世界の情勢を嘆くことでしょう。

 私とアリは、祖父たちから、戦争と2度の原爆投下につながる歴史の事実を背負って出会いました。2人の祖父たちが体験した原爆から多くを学び、共に活動を続けている中でも、世界は戦争を始めてしまう。

 ヒロシマ・ナガサキを繰り返さない。私たちは、被爆地で祈り、声をあげ、たくさんの対話を重ねてきたけれど、果たして被爆者の叫びは世界に届いているのでしょうか。このむなしさと絶望に終わりは来るのかと考え込んでしまいます。いつ核兵器が使用されてもおかしくない危機的な現状、それを痛切に感じています。

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長崎南山高校で講演する原田小鈴さん(左)とアリ・ビーザーさん=2024年9月25日、原田小鈴さん提供

 私たちが出会って11年が過ぎ、その間にアリは、何度も私たち家族に会いに長崎に来てくれました。原爆による後遺症で体調が思わしくない被爆2世の私の母のことも、自分の家族のように心配してくれてありがとう。

 祖父たちの時代に敵同士だった国のアリと私が対話を繰り返し、迷い、悩み、道を切り開いたように、国と国ではなく、人と人が心から素直に向き合えば、国境も人種も言葉さえも超えて分かり合えることを、私たち2人が証明しています。

 祖父は生前、私に教えてくれました。

 「人は、自分の中で決着すべき葛藤を、他人の支配や富の独占といった違う欲望に置き換え、自分自身の心を見つめることを怠っていることが多いのだと思う。争いの根源は人の心にあるのだというのは確かにそうだ。心をつなぎ、手を携えれば世の中を動かすことができるはずだ」

 今まで以上に、私たちの声を世界に届けていかなければならない。長崎平和祈念式典に参加した8月9日、亡き被爆者に祈り、献花し、心に強く誓いました。

 ユダヤにルーツを持つアリは、戦火が続くイスラエル・パレスチナの状況をどう思いますか?(文=原田小鈴、構成=核と人類取材センター・田井中雅人)

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