今月、史上初の女性大統領が生まれたメキシコは、候補者を男女同数にすることを政党に義務づける制度「パリテ」が定着し、国会議員はほぼ男女同数です。マチスモ(男性優位主義)文化が強いとされるメキシコで、どう女性の政治参画が進められたのでしょうか。現地で女性政治家らに聞き取り調査をおこなった北海道大大学院の馬場香織准教授(比較政治)にその道のりを聞きました。
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――メキシコで、女性の政治参画の動きはいつ始まったのでしょうか。
1991年にアルゼンチンで、候補者の一定割合を女性に割り当てる「クオータ制」が世界で初めて法制化されたことを皮切りに、90年代のラテンアメリカでは法的なクオータ制の導入が進みました。
95年に北京で開かれた国連の第4回世界女性会議(北京会議)もきっかけとなり、アルゼンチンの先駆的な取り組みを見ていたラテンアメリカの女性の政治家たちは女性の政治参画を大きな課題と認識するようになりました。
メキシコは96年の選挙法改正で、候補者の30%を女性とすることを政党に推奨するクオータ制を導入しました。
――効果はありましたか。
義務ではなかったので、ほとんど効果は見られませんでした。97年、2000年の選挙を通じて連邦議会の女性議員の比率は20%未満でした。
そんななか、当選した女性議員たちは、党派横断的に、クオータ制の義務化に向けて行動を続けました。他の政策では意見が異なるものの、女性の権利推進や政治参画という点では協力し、当時ほとんどが男性だった党幹部を説得してまわったのです。02年の法改正で30%を女性とするクオータ制が義務化され、03年の選挙で初めて20%を超えました。
勝ち目のない選挙区に女性候補者を擁立
――クオータ制が法律で義務化されて、女性の政治参画は進んだのでしょうか。
女性議員の数は少しずつ増えても、党の執行部など意思決定の場に女性が参画できていないという状況がありました。男性議員たちは制度の「抜け穴」を利用し、男性優位の状況を作って「抵抗」しました。
具体的には、女性候補者を勝…