Smiley face
写真・図版
ロシアから見える世界

 みなさん、こんにちは。まずは、お知らせから。いよいよ米国にトランプ大統領が帰ってきます。この機会に、東京大学先端科学技術研究センター准教授の小泉悠さんを招き、ロシアとウクライナのこれからを考える記者サロンを開きます。お申し込みをお待ちしています。

  • 記者サロン「小泉悠さんと考える トランプ再登場でどうなるロシア・ウクライナ」【2024年12月14日(土)開催、27日(金)~配信】
写真・図版
東京大学先端科学技術研究センター准教授の小泉悠さん

ニュースレター[駒木明義と読むロシアから見える世界] 登録はこちら

ロシア情勢が専門の駒木明義論説委員が書き下ろす「駒木明義と読むロシアから見える世界」は、有料会員限定で隔週水曜にメールで配信します。

 さてそのロシアは、前回のニュースレター配信後、次々に強硬姿勢を打ち出しています。プーチン大統領がロシアが核兵器を使う基準を緩める大統領令に署名(11月19日)、新型の中距離弾道ミサイル「オレシュニク」でウクライナ中部を攻撃(21日)、ウクライナ全土の電力インフラを攻撃した上で、プーチン氏がウクライナ政府中枢を攻撃目標とする可能性に言及(28日)。

停戦模索する姿勢、いっそう鮮明に

 一方のウクライナからも11月29日、注目すべきニュースが飛び込んできました。ゼレンスキー大統領が英スカイニュースのインタビューに対して、現在ウクライナが支配する地域が「北大西洋条約機構(NATO)の傘の下」に守られることになれば、停戦実現の可能性があるという考えを示唆したのです。すでにロシアに占領されてしまった地域の奪還は当面断念し、将来の外交交渉に委ねる考えなのでしょう。

  • ゼレンスキー氏、NATO加盟求めるも停戦へ妥協の構え 英メディア

 前回のニュースレターで私は「最近のゼレンスキー氏の言動からは、全土からロシア軍を追い出すことを譲ることができない最終目標としつつも、話し合いによる当面の停戦を模索し始めている様子がうかがえます」と書きました。この姿勢がいっそう鮮明になってきました。

 こうしたロシアやウクライナの最近の動きの背景にあるのが、がむしゃらに停戦を強要しようとするトランプ氏の大統領復帰です。この点については、後ほどまた触れます。

 ここで話はがらりと変わって、先日私が経験したできごとをご紹介します。

なぜ戦争が支持されているのか?

 深夜、行きつけの小さな中華居酒屋で1人、ビールを飲んでいたときのこと。若い外国人男性がふらりと入ってきました。日本語がたどたどしく、どう頼んでよいか分からない様子。話を聞くと「ラーメンが食べたい」とのことなので「辛いのは大丈夫ですか?」と尋ねると(その店は辛みそラーメンが売りなのです)「辛いのはダメ」。そこで、しょうゆラーメンと生ビールを注文しました。

 乾杯をしてから、どこから来たのか聞いてみると、しばらく言いよどんだ後、小さな声で「ロシアから」。

 「おー、ロシア!(なんとなく、そんな感じがしていた)」

 そこからロシア語に切り替えて、おしゃべりが始まりました。

 このセルゲイさんは、ぽつぽつと身の上を聞かせてくれました。IT関係の仕事をしていること。すべてのやりとりがオンラインでできるので、いろいろな国を転々としていること。当分は祖国に帰るつもりはないこと……。

 ロシアでなぜ、戦争が支持されているのかを聞くと、即座に答えが返ってきました。

 「テレビの影響が非常に大きいです。ロシアにいる人はみんな、テレビが報じていることを信じているのです」

 ロシアにいる人の多くは、政府の影響下にある大手テレビ局が伝えるストーリー、つまりウクライナが欧米の手先となってロシアを攻撃しているため、ロシアはやむなく応戦しているという構図を受け入れているというのです。

 すぐに私が思い出したのが、2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家、スベトラーナ・アレクシエービッチさんの言葉です。朝日新聞のインタビューで、次のように語っていました。

写真・図版
インタビューに答えるアレクシエービッチさん=2022年11月25日午後、ドイツ・ベルリン、関田航撮影

 「プーチンはこの数年、戦争の準備をしてきた。テレビはウクライナを敵として描き、人々を、ウクライナを憎む獣にするために働きかけてきました」

 「残念ながら、テレビは大きな力です。私たちは甘く見ていました……」

  • 人から獣がはい出したウクライナの戦争 アレクシエービッチの使命

 ラーメンを食べ終わったセルゲイさんは、最近熱中しているという習字の習作を、記念に手渡してくれました。1枚の半紙に、初心者が繰り返し練習する「永」の字が墨痕鮮やかに書かれています。

ロシア国民の「最近の気分」とは

 ここで話を最近のウクライナ情勢に戻します。

 最近のプーチン氏の強硬姿勢につながる端緒となったできごとは、今年8月に突然始まったウクライナ軍によるロシア南西部クルスク州への大規模な越境攻撃でした。ゼレンスキー大統領は当初から、この攻撃をより大きな「勝利計画」の一環として位置づけています。

 その狙いについてゼレンスキー氏は10月16日、最高会議(国会)の演説で、以下のように説明しています。

写真・図版
2024年10月16日、ウクライナの最高会議(国会)で「勝利計画」について演説するゼレンスキー大統領=ウクライナ大統領府の公式ページから

 「ロシア人に戦争とは何かを真に感じさせて、ロシアのプロパガンダがあろうともクレムリンの方に憎悪を向け始めるために、戦争をロシア領に戻すことは現実的だ」

 上記の発言は、ウクライナ国営通信社「ウクルインフォルム」の日本語版から引用しました。

  • ゼレンシキー宇大統領、ウクライナ議会に「勝利計画」を紹介

 要するに、ロシアのテレビを見て暮らしている一般国民に対して、戦争はひとごとではないと実感させ、責任がロシア政府にあることを理解させることが、ロシア領内を攻撃する大きな狙いの一つだということです。

 ただ、実際にはこの狙いは成功しているとは言えません。

 それがはっきり分かるのが、このニュースレターでもしばしば引用してきた独立系調査機関「レバダ・センター」が、定期的に行っている「最近の気分」を尋ねる世論調査です。越境攻撃開始直後、不安や緊張といったネガティブな感情を抱く人はごくわずかだけ増えましたが、一昨年9月にプーチン氏が30万人の強制動員に踏み切ったときの深刻な社会不安とは比べものになりません。そして、その後「最近の気分」はほぼ元通りに戻っています。

 ロシア領土の一部を外国軍に占領されるという第2次大戦以来の重大事に直面しても、ロシア国民はほとんど動揺していないのです。

 プーチン氏の最近の強硬姿勢を見ても、ロシア側は今のところ、トランプ氏が望む即時停戦に応じるつもりはないようです。

何が停戦阻む?互いの立場の「矛盾」

 現状を改めて整理してみましょう。

 1.ウクライナがロシアに占領されてしまった領土をすべて実力で奪還することは、当面ほぼ不可能

 2.ゼレンスキー氏は、いったん停戦して領土回復を先送りすることを容認する姿勢を見せ始めている

 3.ただその際には、ウクライナが現在支配している地域を守る策が不可欠。現実的にはNATO加盟かそれに準ずる軍事支援の供与しかなさそう

 4.一方ロシアは、戦闘継続の構え。核、ミサイルの脅しを強め、欧米のウクライナ支援を強く牽制(けんせい)

 5.将来停戦する場合も、ウクライナの中立化=無力化が譲れない条件

 6.トランプ氏は自らの力で即時停戦させることを望む一方で、その条件には関心が薄いとみられる

 7.米国はウクライナに対しては軍事支援やNATOへの招待など、動かすための強いテコを持っているが、ロシアを動かすテコは乏しい

 ここで一番の問題となるのが3点目と5点目の矛盾です。残された領土の安全を絶対に確保したいウクライナと、武装解除を求めるロシアの立場はかけ離れており、歩み寄りは困難です。ロシアは現在戦況を優位に進めていることもあり、トランプ氏が圧力をかけたからといって、すぐに戦闘を止めることは期待できないのが実情でしょう。

共有