朝日新聞水曜夕刊ジェンダー面の連載「オトナの保健室」では、恋愛について考えています。今回は映画監督の今泉力哉さんと山中瑶子さんにインタビュー。動画配信サービスPrime Videoで配信される「セフレと恋人の境界線」を手がけた2人がみる、恋愛の現在地とは。
- 連載「オトナの保健室」
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どういう関係性も否定したくない
――番組で流れる3作の短編映画は、セフレ(セックスフレンドの略)と恋人のはざまのような、あいまいな関係を描いていました。
今泉 「愛がなんだ」(2019年公開)を作った時は、自分の周りにあんまりそういう人はいなくて。そこから5、6年経って気づかされたのは「ちゃんと付き合って結婚する」ではなく、体の関係を持っていてそれに苦しんでいる人もいれば、お互いによければいいという人もいること。どういう関係性も否定したくなくて。2人にしかわからないこともある。その思いは、今回の題材と共鳴したと思います。
――山中さんは、1作目「恋人になれたら」の監督を務めましたね。主人公の田辺徒子(とこ)(中田青渚〈せいな〉)が、好きな人との「友達以上恋人未満」な関係に悩む物語です。
山中 今泉さんの脚本に当初から引っかかっていたところがありました。ラストの場面です。今泉さんの考えを聞きながら、なるほどなと思う部分もありつつ、わからないままやってみようと撮影しました。自分が脚本を書く場合でも、キャラクター全ての行動を理解できるように書くべきではないと思うので、それはそれでいい。ただ友達にこういう人がいたら、絶対にいろいろ言っちゃうだろうな。
――番組は、短編映画をスタジオのMC陣(YOU、髙比良くるま〈令和ロマン〉、サーヤ〈ラランド〉、千葉雄大)がツッコミながら見る構成ですね。
今泉 こちらが想定していた反応ももちろん起きます。けど、スタジオのリアクションのほうが幅がありました。第1作のラストに、スタジオの女性陣はすごく厳しかった。
山中 あそこは、徒子を演じた中田さんがすごく生き生きしていたからじゃないでしょうか。意中の人に翻弄(ほんろう)されているようには見せたくなくて、意図的にそう演出しました。あのリアクションを生むとは思わなかったので、すごく面白かったです。
セフレは解放された概念
――3作の中では「結婚が全てじゃない」「恋愛が一番じゃない」といったせりふもありました。型どおりの「正しい」恋愛や結婚と距離を取るのが、いまの価値観なのでしょうか。
今泉 自分は結婚して16年経ちますが、いまだに結婚ってだいぶ不思議な関係だな、と。結婚する前は、人と付き合ったり結婚したりしたら他の誰かを好きになってはいけなくなるなんて、無理じゃんと思っていました。常識はそうかもしれないけど、生理的に無理があると。
だからセフレのような関係性も、みんながそうなればいいとは思いませんが、そうなったからといって一概に否定はできない。自分が性的なことに潔癖だったころは「気持ち悪い」と思ったこともあります。でもそういう関係性だからこそ維持できたり、心が安定したりする人がいるなら、それは本人たちがよければいいんじゃないでしょうか。
山中 はたから見て、すごく正しく順当に恋愛して結婚に至ってそうだと思う2人でも、よくよく話を聞いてみると、変なところもいっぱいありますよね。外から見ると離れたほうがいいと思うカップルでも、長年夫婦として成立している人もいる。もし「正しい恋愛や結婚」という関係や制度にみんなが「安定感」を求めているのだとしたら、安定している人はむしろ少ないんじゃないでしょうか。
――「セフレ」と言っても中身はさまざまですよね。どうとらえて作品作りに臨んだのでしょうか。
今泉 いろいろ経験していないと、セックスや体の関係が一番上のように思うこともあるかもしれない。けれど、実際は人によりますよね。それが全然一番上じゃない人もいる。例えば「誰にも話せない秘密が共有できる」ほうが、関係性が密だと感じる人もいるかもしれない。セックスが一番上じゃなくなった時に、セフレの見え方も変わると思うんです。
山中 そもそも恋愛とか婚姻関係って、今泉さんが不思議に思っていると言ったとおり、1人の人をパートナーとする「契約」のような関係じゃないですか。国が設けている「制度」の一面に注目すると、疑問も湧いてくる。「結局、恋愛は結婚に至るプロセス」みたいな価値観が社会に浸透して当たり前になっていますけど、それが強要されたりプレッシャーになったりするべきではない。
セフレをそういった制度から解放された概念ととらえると、個人主義的な側面があって私はいいな、と思います。でもそれは、すごくみんなの価値観を脅かす概念でありワードでもあろうと。だから毛嫌いする人もいる。私にも忌避感がなくはないのですが、でも、別にいいじゃん、とも思います。
卒業しなければならない?
――物語の中では、セフレのあいまいな関係に居心地の悪さを感じる人も出てきますよね。やはり不安定な関係としてしか存在しえないのでは。眉をひそめない関係性になりうると思いますか。
山中 確かに「セフレ期は卒業しなければならない」みたいなムードはありそう。
今泉 いい年して……みたいな?
山中 気が済んだら落ち着くだ…