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新語・流行語から探る中国 デザイン・郭溢

連載「新語・流行語から探る中国」のはじめに 斎藤徳彦・中国総局長

 2024年3月、年に1度の全国人民代表大会(全人代、国会に当たる)を前に、子育て中の中国人女性に尋ねる機会があった。いま、自分や子どもの暮らしで指導者に望むことはありますか?

 返ってきたのは一文字の答えだった。

 「『巻』。どこもかしこも巻。この巻をどうにかして欲しい」

 不毛なほど激しい競争を指す流行語「内巻」の巻だ。もともと、中国語にある語ではなく、学術用語から転用されたという。けれど、今やその一文字で、流行語の域を超えて自分たちの生き方を表し、そして縛る言葉と意識されている。

 その響きに透けるのは、「明日は今日よりも良くなる」とは言い切れなくなった中国の姿だ。誰もが、ようやくつかんだささやかな豊かさをも失うことを恐れ、競争に打ち込まざるを得ない。

 膨大な国民と広い国土の隅々まで政策を浸透できるよう、中国の為政者はいつも、スローガンを重視する。いまの習近平(シーチンピン)政権も「中国式現代化」「一帯一路」「高質量発展」といった言葉を量産してきた。

 ただ、こうした言葉の数々は、中国の人たちの肌感覚からは少し遠いところにある。官が構想する社会を実現するためだけに、人々が生きているわけではない。

 高度成長が終わり、強烈な少子化が進む。今までの世代の常識が、新しい世代には足かせとなる。そうした社会の曲がり角で、自分たちが置かれている状況を表現しようと、多くの人が試みている。「しっくり来る」と共感を得た言葉は、ネット社会では瞬時に広まり、時代を象徴するフレーズへと育つ。

 こうした言葉は、時として当局からは検閲の対象となることもある。2022年末まで続いた厳しいゼロコロナ政策の終盤、国外脱出を示す言葉として「潤(読みがrun=英語の「逃げる」から)」が広まった。これもまた、たった一文字で人々の焦りや自由さへの憧れをとらえた本音だった。

 負の側面ばかりではない。中国が製造業を中心に世界有数の産業競争力を身につけるに至ったことも事実だ。電気自動車をはじめドローンや人工知能、自動運転といった新技術も素早く社会に活用されている。中国でしか見られない「近未来」の風景を表現する言葉も生まれている。

 中国は、そこへ住む中国の人たちにとっても巨大すぎる国だ。だから、人々は自らの現在地をうまく教えてくれる言葉を探し続ける。その言葉は、同じ漢字を用いる私たちにも、響く。大国の光と影を映すバズワードを紹介していきたい。

  • 【次回】中国当局が警戒する「八失人員」とは? 生きづらさ抱えた人びと

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