1995年の阪神・淡路大震災、そして16年後の東日本大震災。二つの震災を経験した女性が、福島で「災害から命を守る」活動に奔走している。
2月上旬、浪江町中心部にある川添地区。住民らが歩きながら、地震や水害時に避難する際の危険箇所を確認した。災害時の住民らの対応を定める「地区防災計画」作成につなげる県の事業の一環だ。
3年前に東京都内から移住してきた防災士の葛西優香さん(38)も手伝った。コミュニティーFMのラジオパーソナリティーやまちづくり会社の社員を経て、今は防災コンサル会社の役員、東日本大震災・原子力災害伝承館(双葉町)の常任研究員という肩書を持つ。
葛西さんのたどってきた道は、「どうしたら人々の防災意識を高められるか」試行錯誤してきた足跡でもある。
小学2年生のとき、大阪府豊中市のマンションで阪神大震災を経験した。テレビや食器が床に落ち、ガラス片も散乱。廊下へ出るドアが開かず家から出られない。母が包丁でガラス製のドアを割って隙間から手を伸ばし、物をよけて外へ逃げ出した。
葛西さんと家族は裸足のまま…