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レッツ・スタディー!演劇編② レ・ミゼラブルの世界

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佐月愛果さん ©NMB48

 長かったコロナ禍を経て、ライブ・エンターテインメント界が再び活況を呈している。特に、大きな苦境に立った演劇やミュージカルなどの舞台芸術は「復活」ぶりがめざましい。舞台歴15年というNMB48・佐月愛果さん(22)によるコラム「NMB48のレッツ・スタディー!」演劇編第2回。今回は佐月さんが長年の憧れだというミュージカル「レ・ミゼラブル」の魅力を語ります。(構成・阪本輝昭)

時を経て、見え方が変わった「レミゼ」 佐月愛果さん

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佐月愛果さん ©NMB48

 さつき・あいか 2002年、大阪府生まれ。NMB48「チームN」メンバー。小学生の頃から劇団に所属し、子役として演劇やミュージカルに出演。23年に東京と大阪で上演された舞台「ナビゲーション」で主演をつとめるなど、アイドル活動のかたわら舞台俳優としても活躍している。プライベートでも宝塚歌劇や演劇の鑑賞を趣味とする。愛称あいぴ。

 ミュージカル「レ・ミゼラブル」(レミゼ)は、主人公ジャン・バルジャンが19年間の囚人生活から仮釈放される場面から始まります。

 レミゼとの最初の接点は中学生のころ。通っていた声楽のレッスンで、レミゼの劇中歌「オン・マイ・オウン」を歌うことになり、それがきっかけで映画版「レ・ミゼラブル」(2012年)を見たんです。

 でも、当時の私はレミゼのもつ深いメッセージを読み取るには幼すぎました。バルジャンをはじめ登場人物の多くが直面する悲しい出来事や運命に胸が痛みましたし、バルジャンを執拗(しつよう)に追い回す警察官ジャベールに対しても「パン一つ盗んだだけでそこまでする必要ある?」と思いました。ただただ悲しい物語だな、という感想しかもてませんでした。

 でも高校2年になり、学校の授業で梅田芸術劇場(大阪・梅田)で初めて東宝のレミゼを観劇し、衝撃を受けました。これは単なる哀れな人たちの物語ではない。時代にほんろうされつつも自らの運命に立ち向かい、人間らしく生きようとした人々の気高いドラマなんだと。

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東宝ミュージカル「レ・ミゼラブル」(2021年)の舞台=提供・東宝演劇部

 席は3階後方でした。しかし、物理的な距離を感じないほどの迫力と出演者の熱量、感情がダイレクトに伝わってきて、ただ圧倒されました。まるで、舞台がすぐ目の前にあるようでした。

 「これだ」。幼い頃に抱いた宝塚歌劇団への憧れを早々にあきらめてしまった私は、いつかこの演目に出たいという新たな夢をもつようになりました。

 仮釈放後にそのまま逃げたバルジャンは名前を変え、ある町で工場経営者として成功し、市長にまで上り詰めます。一方、市長になったバルジャンの正体を疑ってジャベールは周辺をかぎ回り、結局、バルジャンは自らの良心を試されるような形で素性を明かさざるを得なくなります。このあたりのドラマチックな展開と、バルジャンの苦悩に満ちた決断に至る描写は、最初の大きな見どころだと思います。

コゼット役の生田絵梨花さんに心奪われ…そして芽生えた夢

 この前後、コゼットという幼い女の子が登場します。コゼットはバルジャンの工場で働いていた女性の一人娘で、母親を病気で亡くしたあと孤児となり、バルジャンに引き取られて育ちます。幼少期のみじめな境遇と、それでも希望を失わず前を向いて生きるけなげな姿勢が見る人の胸を打ちます。

 私が見た舞台でコゼット役を演じていたのは、アイドルグループ・乃木坂46に当時在籍していた生田絵梨花さんでした。圧倒的な歌唱力で、劇場の空気を完全に支配していました。3階席にいた私の目にも、その姿はとても大きく、輝いて見えました。

 率直なところ、実際に観劇してコゼットへのイメージも大きく変わりました。成長して、青年革命家マリウスと恋に落ちたあとのコゼットは、育ての親のバルジャンと距離をとっているように見えていました。それは少し薄情というか、恋の熱に浮かされて自分というものを見失っていませんか……と。

 しかし、生田さんのコゼットを生で見た後は逆の印象になりました。コゼットにとってマリウスとの出会いは、初めて心を許し、気持ちをゆだねたいと思える相手の出現でした。それは、過酷な運命にほんろうされ、バルジャンに依存して生きてきたコゼットが自立し、「自分の意思で」「自分の人生を」選べるようになったということ。コゼットの人間的成長が描き出されていたのだと感じられました。

 人生経験を積めば積むほど、舞台の見え方も、登場人物への印象も少しずつ変化し続けていくような気がします。レミゼとは、そういう舞台なのです。

悲恋のエポニーヌ、切ない最期 純粋な魂は止められない

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佐月愛果さん=滝沢美穂子撮影

 私自身、アイドルになってからは、マリウスに片思いしたまま、報われることなく切ない最期を迎えたエポニーヌという女性の人物像にも興味がわくようになりました。どれだけ努力しても、報われない愛というものがある。人の気持ちだけは思い通りにできない。だめなときは何をやってもうまくいかない。そんなことを感じさせるキャラクターです。

 アイドルも、努力が必ず結果に結びつくとは限らない世界です。だけど、そうとわかったうえで、人はもがき続けることをやめられない。純粋な魂の動きはどうしたって抑えられない。エポニーヌの生き方はそんなことも教えてくれます。彼女が自らの切ない思いを歌った「オン・マイ・オウン」は、いま、アイドルの立場で聴くと、いっそう胸にしみます。

革命の理想に殉じた? 小生意気な少年・ガブローシュ

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佐月愛果さん ©NMB48

 もう一人、忘れられないキャラクターがガブローシュという少年です。盗みを繰り返しながら貧民街で暮らしている、小生意気な性格の子ども。マリウスたちとともに革命軍に身を投じます。大人びた口をききながら、革命をめざす青年たちの間を連絡役として駆け回り、革命軍の中に潜入していたジャベールを見つけ出すなどの「手柄」も立てますが、最後は政府軍との戦闘の中で銃弾に倒れます。

 マリウスはガブローシュを激しい戦闘の場から逃そうとするのですが、なぜかガブローシュは進んで死地に飛び込んでいったのです。

 マリウスたちと違って、学問や理論を身につけていたわけではないガブローシュ。この貧しい少年が実は最も純粋に革命の理想を信じていたのかも知れないところに、この物語の切なさが極まります。

♪戦う者の…「民衆の歌」が私に与えてくれる元気

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佐月愛果さん=大阪市中央区、滝沢美穂子撮影

 実は私、NMB48に加入する前、東宝製作とは別の「レ・ミゼラブル」にアンサンブルキャストとして出演させて頂くことになっていました。レ・ミゼラブルは全編、歌唱のみで物語が進むので、膨大な量の曲があります。渡された楽譜は数百枚。辞書のように厚く、この量の曲を覚えるのか……と気が遠くなりましたが、憧れのレミゼに出演できる喜びの方がはるかに上回りました。

 ですが、お稽古中にやってきたコロナ禍。お稽古は中断し、公演初日もいつになるのか見通せなくなりました。そんな中、NMB48への加入が決まり、私は出演を辞退することになったのです。

 運命のいたずらというべきか、私は夢にまでみたレミゼを手放して、アイドルという新たな夢をかなえたわけですが、「レミゼに出る。できればコゼット役で」という目標は今も持ち続けています。

 誰よりコゼット役の生田さん自身が「アイドルをやりながらこれほどのことができる」実例を示してくださったことが今も心の励みになっています。

 もう一つの励みは「民衆の歌」。レミゼの劇中歌として有名なこの曲を、私は時々カラオケで歌います。特に、元気をなくしているときに。そうしたら、不思議に力がわいてくる気がするんです。

 「♪新たに熱い生命が始まる 明日が来たとき そうさ明日が……」

 目下、カラオケボックスの中で高らかに響かせているこの歌を、いつか舞台の上で、みなさまに直接お届けしたいものだと思います。その「明日」をどうぞ楽しみに待っていてください!

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ミュージカル「レ・ミゼラブル」とは?

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東宝ミュージカル「レ・ミゼラブル」(2021年)の舞台=提供・東宝演劇部

 19世紀前半のフランスを舞台にしたビクトル・ユゴーの長編小説(1862年出版)を原作とするミュージカル。英国の大物プロデューサー、C・マッキントッシュ氏が手がけて1985年にロンドンで初演された舞台は、卓越した音楽性や演出でたちまち評判を呼び、日本でも2年後に東宝製作で上演された。物語の中心となるのは、若い頃に一片のパンを盗んだ罪を背負い、素性を伏せて生きるジャン・バルジャンと、彼を執念深く追う警察官ジャベール。二人のせめぎ合いを軸に、貧困と不平等がはびこる当時のフランス社会と、その中で理想を求めて生きる人々の姿が群像的に描かれる。日本での人気も高く、全国各地で度々上演されており、今年12月20日から来年2月7日まで帝国劇場(東京)での上演が予定されている(製作・東宝)。

佐月愛果さんのサイン色紙を抽選で1名様に

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